LIBRARYパリ暮らしの言葉ノート2025.07.17

cahier de vocablaire パリ暮らしの言葉ノート Vol.3 — 守屋百合香

パリでフラワースタイリストとして活躍する守屋百合香さんが、日々の中で出会ったり使ったりするフランス語の単語をキーワードに綴るエッセイ。暮らす人ならではの視点や嗅覚で、パリの空気やフランスの文化を切り取ります。もちろん、フランスの花事情にも注目。各単語の後ろのn.m.は男性名詞の意味、n.f.は女性名詞の意味。

Fête d’anniversaire (n.f.) (フェット・ダニヴェルセール)[誕生日会]
育児をする中で出会ったフランスならではの文化のひとつが、「子どもの誕生日会」である。幼稚園の年中ごろから、誕生日には仲の良いクラスメイトを自宅に招いて祝う習慣がある。日本にも誕生日会はあるが、私にとっては、子ども時代の誕生日は家族で祝うものという感覚があったので、新鮮だった。
息子が5歳の誕生日を迎えるにあたり、私たちも初めて誕生日会を開くことにした。幸い気候の良い季節で、自宅ではなく、ばらの咲き乱れる近隣の公園でピクニック形式にした。開催は、日曜日の午後、おやつの時間帯が定番である。
招待状の作成から出欠確認、当日の段取り、お土産の用意まで、想像以上にやることが多く、仕事の合間を縫って準備に走り回った。実は、アニマトリスと呼ばれるプロ(パーティーの進行役)を雇ったり、「誕生日会プラン」を設けているレジャー施設に丸投げする家庭も多い。こうした家事育児の「外注の上手さ」も、いかにもフランスらしい。
当日は、シートやテーブル、食器を詰めたカゴを家から持っていき、バルーンや花で公園の一角を飾る。夫は仕事を抜けて、職場から自転車でケーキを運んできた(同僚たちもそれを当然のこととして寛容してくれるのもまた、フランスである)。親たちはワイン片手におしゃべりを楽しみ、子どもたちは夢中で走り回っていた。
フランスの誕生日会では、主役はただ祝われるだけではない。ホスト役として皆が楽しく過ごせるようおもてなしするのも大切な役割だ。息子も友達に話しかけながら、ジュースやお菓子を配ってまわる。こうして少しずつ、フランス人らしい社交の仕方を覚えていくのだろう。

Canicule (n.f.)(カニキュル)[猛暑]
40度近い熱波が突然、パリの街を直撃した。
ちょうどファッションウィークで、世界中から人が集まっていたため、冷房のないパリの猛暑には多くの人が参っていた。10年前は夏でも冷房は不要だったのに、地球温暖化のスピードを肌で感じざるを得ない。子どもたちの健康を配慮し、猛暑を理由に学校も休校になったのだから、深刻である。それでも、短い夏の太陽を愛するパリジャンたちは、不平を言いながらもどこか楽しげだ。
マルシェの八百屋には、ペッシュ・プラ(平たい桃)やさくらんぼ、アプリコット、フランボワーズ、すいか、プラムなど、夏の果実たちが山のように積まれ、鮮やかな色と熟れた香りについ引き寄せられる。
アイスクリーム屋には、1年分の売り上げをこの1週間で稼ぐかのような行列ができている。私も、アトリエの近くの店に毎日のように通った。ショーケースの前でたっぷり時間をとって、真剣にフレーバーを選ぶ姿。溶けるアイスと競争するように大人も子どもも手をベタベタにして食べる姿。どれも楽しげで、思わず笑みがこぼれる。
甘い香りが漂う通りを自転車で走り抜ければ、セーヌを渡る風や、パレ・ロワイヤルの木陰の涼しさが心地よい。気怠い酷暑も軽やかに楽しむ術を、この街の人たちはよく知っている。

Vacances (n.f. pl.) (ヴァカンス)[休暇]
すべてのフランス人にとって、人生に不可欠なもの。それがヴァカンスだ。
7月と8月の2ヶ月、学校は丸ごと休み、大人も1ヶ月以上の休暇を取るのが珍しくない。6月の半ばを過ぎると、街にはヴァカンスの行き先を尋ねる会話が飛び交う。たぶん彼らは、ほんとうに、ヴァカンスのために生きているのだ。
我が家は今夏、日本にも帰らず、長い予定も立てていない。人気が少なくなったパリも、それはそれで悪くない。けれど、ちょっと遠くへ行きたいような気持ちが残って、ふと思い立ち、夜、ひとりでカフェに入った。
学校の送迎や花の配達で毎日のように通り過ぎる、ごく普通の街角のカフェなのだが、テラスに座り、たった一杯のロゼを注文するのに、すこし勇気がいった。
冷えたグラスがすぐに運ばれてくる。
そういえば、夏の夜にロゼを飲むのが好きだったことを思い出す。目の前の教会越しに広がる街並みやパリの夜空にも、不意に懐かしさが宿る。
母として、職業人としての日々を生きるうち、私はじわじわと透明になっていったのかもしれない。グラスの輪郭が確かなように、私もまた、ただここにいて良いのだと、ワインが喉を通るたび、自分自身を取り戻していく。静まりかえったパリの夜が、そっと寄り添ってくれる。
遠くの海へ行かずとも、私たちにはやはり、ヴァカンスが必要だ。

Aneth (n.m.)(アネット)[ディル]

魚料理に添える香草として知られる、ディル。フランスでは、料理だけでなく、消化を助けたり緊張を和らげるティザンヌ(ハーブティー)としても親しまれている。
葉を取り除き、茎を切ると、爽やかでほんのり甘みのある香りがアトリエに広がり、作業中の癒しになる。軽やかな造形も涼やかで、夏の風を感じさせる花だ。
淡い黄色の花が咲き終わると、種が実り、茎も紫がかった色へと変わっていく。ひとつの花瓶の中に、柔らかなグラデーションが生まれ、移ろう花の生命を物語っている。
自然の風景をそのまま切り取ってきたような佇まいを生かしつつ、黒のカラーと淡いグリーンの水無月を合わせ、色のトーンをぐっと抑えてモダンにまとめるのも、かえって野趣が際立ち美しい。

フラワースタイリスト
守屋百合香

パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris

Text & Photos: Yurika Moriya

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