LIFESTYLEInterviews2025.06.19

A WALZ OF COLORS

色のワルツを自由に踊って
世界のさまざまな土地で暮らし、現在はパリに居を構えるアーティスト、 ニナ・コルチツカヤ。彼女は絵画や詩作を通して自身の愁いと向き合い、 思い出を結晶化する。その独自の感性は、10 歳の息子とも共鳴し合っている。

今ある瞬間と過去を結びつけること
この世には、謎めいていて磁石のように人を惹きつけるタイプの人物がいる。特にアートの世界では。ニナ・コルチツカヤもその一人だ。画家、写真家、詩人、ファッションブランドのミューズなどさまざまな顔を持つ彼女。現在はパリに暮らし、多彩な表現方法で作品を生みだし続けている。創造への衝動と本能は、写真と演劇を愛した祖父、画家で映画作家の両親から受け継がれたものだ。
 モスクワに生まれた彼女は、ラオスの首都ヴィエンチャン、イタリアのミラノと移り住み、パリで文学と哲学を学ぶ。芸術的衝動に突き動かされるように、写真家として歩み始め、のちに絵画を発表。2016年には『レフト・ハンド・ラバーズ』と題した小さなドローイングのシリーズを制作。右利きの彼女が、あえて“ 心の手” である左手で描いたもので、遠慮がちに揺れるその線は、愛が芽生えた瞬間の揺れ動く感情を表現している。
 以降、彼女はアーティストとしての道を突き進んでいく。現在はパリ郊外のオーベルヴィリエにあるアーティスト・イン・レジデンス「プッシュ」に小さなアトリエを構えて暮らしている。入居するアーティストのいろいろな表現方法に触れられる刺激的な場所だ。
 アトリエを訪ねたその日、机の上には彼女が大切にする小さなオブジェやお守りたちが置かれていた。ブレーズ・サンドラールの詩集『Du monde entier au coeurdu monde (世界の全体から中心へ/未邦訳)』、時折、筆を浸す飲み残しのコーヒー、何十本かの絵の具のチューブ、詩が走り書きされた紙きれ。祖父が手作りした大切な水彩用の色見本……。そこに置かれたすべてのものが、お守りのように彼女の世界を支えている。

 エリュアール、リルケといった詩人たちの言葉に心を動かされ、コクトー、シャガールにも影響を受ける彼女は、一つのジャンルから別のジャンルへと芸術の海を漕ぎだしていく。そこには、人生のはかない瞬間を紙やキャンバスの上に写し取り、去りゆく時間や思い出を捉えたいという強い思いがある。
「いろんな方法をいつでも試せるようにしておきたい。色のワルツの中で自由に組み合わせて、一つのものからインスピレーションを得て、別のものに発展させていく。その過程では、どんな制約も受けたくありません。そうやって初めて時を超え、新たな次元を得ることができます。今ある瞬間と過去を結びつけること。これが私なりの“永遠に時を保つ”方法なんです」
 柔らかな色づかい、心象風景、永遠に自由の象徴である鳥たち……。ニナが生みだす作品は、夢と空想の世界への招待状だ。思索に富んだ叙事詩であり、見る者をユニークで神秘的な生き物の想像の世界へと誘い、詩的で幻想的な旅へと連れていく。昨年末にソウルで展示された最新シリーズでも、その世界が見事に表現されている。
「最近は、とりつかれたように逆さになった山の風景を描き続けています。どの方向から見てもいいし、見るたびに新たなユーモアと光を発見できます」
 こうした「移りゆく風景」のモチーフは、パリで行われた前回のファッションウィークにも登場。韓国ブランド〈インク〉のショーで、彼女のデッサンを取り入れたさまざまなピースが披露された。近年は〈セッスン〉、〈シー ニューヨーク〉、〈ソフィー・ダゴン〉といったファッションブランドとのコレボレーションも活発だ。友人のジャンヌ・ダマスが手がける〈ルージュ〉のニューヨークのフラッグシップストアでは、ニナが描いた2点の大きな壁画を見ることができる。

新境地を求め、いろいろなことに興味を抱き続けること
 その日の午後、ニナはパリ9区のサン・ジョルジュ広場のすぐ裏手にある「ホテル・アルヴォール」に向かった。そこは彼女が記念碑的な作品を作り上げた場所だ。世界が静まりかえったコロナ禍、ロックダウンのさなかに彼女はこのホテルに身を寄せた。約1年にわたって仮のアトリエを設け、ホテルのさまざまな部屋を巡る「花の女と鳥」展を開催。アンティークの詩集に描かれた一連のデッサンに、ジャズミュージシャンで作曲家の友人、ダヴィッド・ムシャリの楽曲が添えられた。さらに彼女は、30室あるホテルのベッドルームの壁をその繊細なタッチで彩ることを思いつく。
「描き始める前に、まずはその部屋で寝てみるんです。その場の空気や光、エネルギーを体にしみ込ませることで、それぞれの空間にふさわしい作品が生まれます」

 ニナは10歳の息子を持つ母でもある。アーティストの家系に生まれた息子も、当然ながらこまやかで確かな芸術的感性を受け継いでいる。
「息子は真の詩人。その感受性や鋭さをとても尊敬しています。ものの見方がいつもユニークで魅力的なので、私から意見を求めることもしばしば。常に驚きを感じ、好奇心を持っていたいという自分の願いを思いださせてくれる存在です。新境地を求め、いろいろなことに興味を抱き続けること。それこそがクリエイティブであるための特効薬です」
 彼女の哲学は、マティスの有名な一節「人生のすべてを子どもの目で眺めなければならない」にも通じている。子育ては新たなインスピレーションの源なのだ。
「母性には無限の豊かさがあります。母親の役割は素晴らしいけれど複雑。毎日のように息子の新たな一面を発見し、日々新たな母親として生まれ変わっているように感じます。子どもの世界には壁がなく、深刻なことは何もないけれど、すべてが大切で、すべてが可能。だからこそ愛おしいんです」

Photograph: Tiphaine Caro
Text: Salomé Mathieu
Translation: Kumi Hoshika

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