LIBRARYパリ暮らしの言葉ノート2025.03.06

cahier de vocablaire パリ暮らしの言葉ノート Vol.1 — 守屋百合香

パリでフラワースタイリストとして活躍する守屋百合香さんが、日々の中で出会ったり使ったりするフランス語の単語をキーワードに綴るエッセイ。暮らす人ならではの視点や嗅覚で、パリの空気やフランスの文化を切り取ります。もちろん、フランスの花事情にも注目。各単語の後ろのn.m.は男性名詞の意味、n.f.は女性名詞の意味。

Jeu de cartes (n.m.) (ジュ・ドゥ・カルト)[カードゲーム]
フランス人は、カードゲームが好きである。友人や家族と集まっては延々とお喋りするのが大好きな彼らにとって、会話をさらに盛り上げるための絶好のツールでもあるのだろう。
先日蚤の市を見ていたら、あるスタンドで、トランプをしているパリジェンヌ二人組が目にとまった。なぜかというと、そのトランプがMark Rothko(マーク・ロスコ)の絵柄だったのだ。トランプの一枚一枚がロスコの絵になっているなんて、なんと天才的なアイディアだろう。その場でつい彼女に聞いたところ、ネットで買ったという。帰宅後、すぐに調べて、私も購入した。息子にとってはこれが人生初のトランプである。出先にも持ち歩くほど気に入ったのだが、カフェでもこのトランプを広げると、店員や周りの客から「その美しいトランプはどこで買えるの?」とよく尋ねられる。どの絵が好きか、その場にいる皆で選び合うのも楽しい。

Appartement (n.m.) (アパルトマン)[アパート]
パリのアパルトマン探しは、難しい。これは誰もが口を揃えて言うことだ。まず家賃が高すぎるし、常に需要が供給を上回っているから、いい物件を見つけたとしても申し込みは激戦だ。
我が家も引っ越しを考え、前々から物件サイトに目を凝らしていたのだが、アナウンスが出た翌日にはもう借り手が決まってしまっているなんてこともざらだし、「内見の時点でここと思ったら、その場で小切手を切って確約させるぐらいの勢いがないとダメ」と知人に助言されたこともある。あれやこれやと迷走した結果、ご縁があり、秋に空く予定のアパルトマンへ引っ越しをすることになった。
やっと家探しから解放されたと安堵した矢先、引っ越す予定のエリアを家族で散歩していると、感じの良い小径にペラリと「à louer(賃貸)」と貼り紙された物件を発見。建物の外装は古いけれど、中を覗くときれいにリノベーションされていて、すぐにでも使えそうだ。そこに書かれた電話番号にすぐさまメッセージを送り、翌日内見し、その翌日には契約が決まった。あまりにもスムーズすぎて、鍵をもらう瞬間までは内心詐欺を疑っていたのだが(この物件難につけこむ詐欺事件も多いのだ)、無事に、念願のアトリエを借りられることになった。それまで数ヶ月にわたって探していた家とアトリエがほぼ同時に決まって、本当にパリの物件探しは運とタイミングだなとしみじみ感じる。

Piscine (n.f.)(ピシーヌ)[プール]
フランス北部の街、Lille(リール)へ一泊二日の小旅行をしてきた。パリ北駅からTGVで約1時間、気軽に行ける距離だ。
旅の目当ては、Villa Cavrois(ヴィラ・カヴロワ)だ。建築家マレ・ステヴァンにより1930年に建てられた、「現代の城」と評される邸宅で、現在は国の所有物になっている。
一方、パティシエの夫はゴーフルで有名な、創業250年の老舗菓子店、Meert(メール)の本店を楽しみにしていた。パリにも店舗はあるが、生菓子を味わえるサロン・ド・テがあるのは本店だけだ。
朝9時ごろリール駅に到着し、ホテルに荷を下ろしたら早速メールへ向かう。老舗らしく豪奢なサロンでは、高揚してあれもこれもとつい頼みすぎ、テーブルの上が甘いものでいっぱいになってしまった。名物のゴーフルは、マダガスカル産のバニラペーストに、口の中がジャリジャリするほど砂糖が入っている。一緒にしては申し訳ないのかもしれないが、高校生の頃、こういう菓子パンを毎日食べていたと懐かしくなる味である。ジャリジャリの砂糖は、なぜだか童心を呼び起こす。
初日はあいにく霧雨だったので、ヴィラ・カヴロワ探訪は翌日にまわすことに。メトロに乗って、リール郊外のRoubaix(ルーベ)にあるLa piscine(ラ・ピシーヌ)へ行くことにした。ピシーヌとは「プール」という意味なのだが、実は、ここは美術館。もともと市営プールだった場所を改装して、工芸美術館として蘇らせたという、類まれな美術館だ。プールの中央には象徴的に水が張られており、両サイドに彫刻や陶芸品が陳列されている。以前は「フランスで最も美しいプール」と言われていたアール・デコ様式の装飾が当時のままに復元され、太陽を模したステンドグラスが水面に映る幻想的な館内を歩いていると、今いる時代も場所も忘れてしまうようだ。

Pois de senteur (n.m.)(ポワ・ドゥ・サンテュール) [スイートピー]
フランスの花市場で、日本との違いに最も驚いた花の一つが、スイートピー。
フランスのスイートピーは、日本のものと比べてかなり丈が短く、茎はくねくねしていて、あまり丈夫ではない。品種改良や新色の開発に熱心な日本のスイートピー農家とは違い、カラーバリエーションも豊富ではないので、フランスに来たばかりの頃は、日本のスイートピーを恋しく思ったものだ。しかし、ここ数年、日本産スイートピーがはるばるフランスにまで輸入されるようになった。市場でも、「日本の花は素晴らしいんだね」とフローリストから声をかけてもらえる機会も増え、ちょっぴり誇らしい。もちろん高値だったが、最近は相場も落ち着いてきて、手が出せるようになってきている。背の高いアレンジメントを作るときなどは、とりわけありがたい。ただ、今となってはフランスのスイートピーの方に慣れてきたせいか、この人間味ある、くねくね、ふりふりっとした感じが、たまらず愛おしく思えるのである。香りも強く、どうやら花にも個性的なフランス人気質が現れているみたいだ。

フラワースタイリスト
守屋百合香

パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris

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