どん底から自分と人生を取り戻すまで『トゥ・レスリー』(2022年)
宝くじで19万ドルを当てたシングルマザーが、そのお金で人生を立て直そうとする。『トゥ・レスリー』の冒頭は晴れやかです。でも、はしゃぐ母親の横で、息子はどこか浮かない顔をしています。
6年後、ホームレスとなったレスリーは泊まっていたモーテルも追い出され、友だちと同居しながら真面目に働く息子のジェームズのもとに転がり込んできます。どうしてこんなことになってしまったのか? これほどの大金をなくしてしまった詳しい経緯は明かされていませんが、宝くじに当たる前のレスリーの生活の一端は、冒頭の写真のコラージュシーンで垣間見ることができます。彼女は若くして結婚し、夫から暴力を振るわれ、幼い子供と二人で生きてきました。恐らく、大金を手に入れた時点で既にアルコール依存症が進んでいたのでしょう。
レスリーの問題は意志が弱いことでも、自堕落な生活を送っていることでもない。それが分かっているから、ジェームズもお金をなくした母親に優しかったのです。だけど彼女が依存症を克服できないと知って、息子は失望します。辛い生活を忘れるためにお酒を飲み、お酒を飲むからどん底の生活から抜け出せない。そんな悪循環に陥る貧しい人は少なくありません。
故郷に帰っても、かつての友だちは大金を棒に振った彼女に辛く当たります。誰も信じてくれる人がいないところから、レスリーは生活を立て直さなくてはいけません。そしてどうにか這い上がろうとするうちに、宝くじを当てたお金で本当に欲しかったものは何かを思い出すのです。
親切なモーテル経営者たちのもとで、少しずつ自分を取り戻していく女性の姿を描いたこの作品には、弱い人を必要以上に追い込まない優しさがあります。何度も失敗をくり返し、アルコールに逃げてきた彼女にちゃんと贖罪のチャンスをくれる。最後にレスリーが手に入れるのが大きな成功ではなく、一度は手放し、傷つけてしまった息子とのささやかな食事の機会であるというところが泣かせます。
山崎まどか
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』『ノーマル・ピープル』(共にサリー・ルーニー著/早川書房)等。
Text: Madoka Yamasaki
Illustration: Naoki Ando