少女の瞳の中に宿る思いを体感する『夏の終わりに願うこと』(8月9日公開)
メキシコシティに住む七歳の少女ソル。
物語で描かれるのは、彼女の父親トナの誕生日の一日。彼は妻のルシアと娘ソルと離れて、自分の実家で暮らしています。恐らく死期の近い、深刻な病気であることが分かってきます。彼の誕生日は幼い少女である娘が、大好きな父親と一緒に過ごせる特別な日です。ソルにとって父のトナは遠い人。ピエロの格好で彼を喜ばせたい、自分の近くにいて話を聞いて欲しい、何よりも死なないで欲しい。そう願いながら、どこかで大事な人との別れが迫っている気配を感じている。少女の切なさが、画面から溢れてくるような映画です。
トナの実家では、様々な人生が交錯しています。妻をガンで亡くし、また息子にも先立たれようとしている年老いた父。霊媒師を雇い、どうにか弟の運命を変えたいと願っている姉アレンハンドラ。悲しみに対処できないのか、弟のバースデーケーキを作りながら、酒をあおってしまうもう一人の姉のヌリア。トナの治療費が家計を圧迫している様子も伝わってきます。一方のソルのいとこたちは無邪気にはしゃぎ、十代らしくゲームに没頭し、自分でもそうとは知らずに生きることを謳歌している。この家は、死の世界と、生きる喜びと、人生のままならなさの全てが集まった小さな宇宙なのです。その宇宙を漂うのは、小さくて無垢な宇宙飛行士のようなソル。
家族はトナのために盛大なパーティを開き、彼を元気づけようとしていますが、それが逆に、病状が進み体が衰弱した彼の重荷にもなっている。メキシコの家族の愛、友人たちの愛は開けっぴろげで、それこそ太陽(ソル)のようですが、弱った人にはその愛はまぶしすぎる。それを知ってか知らずか、ソルは父に甘えたい気持ちを抑えて控えめに振る舞い、一人で遊び、まだ父の生きているこの世界の光や、風を感じようとしているかのようです。ソルを演じるナイマ・センティエスの瞳が素晴らしい。彼女の目を通して、私たちはひとつの家族の悲しみを体感します。
山崎まどか
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』『ノーマル・ピープル』(共にサリー・ルーニー著/早川書房)等。
Text: Madoka Yamasaki
Illustration: Naoki Ando