LIBRARY新しいファミリー映画2024.08.05

新しいファミリー映画 Vol.33 — 山崎まどか

家族のカタチが多様になってきた近年、家族で楽しむファミリー映画もファミリーを描く家族映画も、いろいろで面白い。そんな“新しいファミリー映画”を、コラムニストの山崎まどかさんがピックアップしてご紹介します。

少女の瞳の中に宿る思いを体感する『夏の終わりに願うこと』(8月9日公開)

メキシコシティに住む七歳の少女ソル。
物語で描かれるのは、彼女の父親トナの誕生日の一日。彼は妻のルシアと娘ソルと離れて、自分の実家で暮らしています。恐らく死期の近い、深刻な病気であることが分かってきます。彼の誕生日は幼い少女である娘が、大好きな父親と一緒に過ごせる特別な日です。ソルにとって父のトナは遠い人。ピエロの格好で彼を喜ばせたい、自分の近くにいて話を聞いて欲しい、何よりも死なないで欲しい。そう願いながら、どこかで大事な人との別れが迫っている気配を感じている。少女の切なさが、画面から溢れてくるような映画です。

トナの実家では、様々な人生が交錯しています。妻をガンで亡くし、また息子にも先立たれようとしている年老いた父。霊媒師を雇い、どうにか弟の運命を変えたいと願っている姉アレンハンドラ。悲しみに対処できないのか、弟のバースデーケーキを作りながら、酒をあおってしまうもう一人の姉のヌリア。トナの治療費が家計を圧迫している様子も伝わってきます。一方のソルのいとこたちは無邪気にはしゃぎ、十代らしくゲームに没頭し、自分でもそうとは知らずに生きることを謳歌している。この家は、死の世界と、生きる喜びと、人生のままならなさの全てが集まった小さな宇宙なのです。その宇宙を漂うのは、小さくて無垢な宇宙飛行士のようなソル。

家族はトナのために盛大なパーティを開き、彼を元気づけようとしていますが、それが逆に、病状が進み体が衰弱した彼の重荷にもなっている。メキシコの家族の愛、友人たちの愛は開けっぴろげで、それこそ太陽(ソル)のようですが、弱った人にはその愛はまぶしすぎる。それを知ってか知らずか、ソルは父に甘えたい気持ちを抑えて控えめに振る舞い、一人で遊び、まだ父の生きているこの世界の光や、風を感じようとしているかのようです。ソルを演じるナイマ・センティエスの瞳が素晴らしい。彼女の目を通して、私たちはひとつの家族の悲しみを体感します。

『夏の終わりに願うこと』
監督:リラ・アビレス
出演:ナイマ・センティエス、モンセラート・マラニョン、マリソル・ガセ、マテオ・ガルシア・エリソンド、テレシタ・サンチェス
2024年8月9日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
配給・宣伝:ビターズ・エンド
© 2023- LIMERENCIAFILMS S.A.P.I. DE C.V., LATERNA FILM, PALOMA PRODUCTIONS, ALPHAVIOLET PRODUCTION

コラムニスト
山崎まどか

15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』『ノーマル・ピープル』(共にサリー・ルーニー著/早川書房)等。

Text: Madoka Yamasaki
Illustration: Naoki Ando

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