おいしいおはなし第60回『クリスマスの思い出』みんなに贈るフルーツケーキ

《十一月も終わりに近い朝を思い浮かべてほしい》と始まる『クリスマスの思い出』は、現代アメリカ文学を代表する作家、トルーマン・カポーティの自伝的な短編です。

冬が始まりを告げる朝、窓の外を見ながら《フルーツケーキの季節が来たよ!》と高らかに宣言するのは、主人公の“僕”と同じ家に暮らすいとこで親友のおばあちゃん。彼らの小さな相棒は、犬のクイーニー。毎年この季節になると、二人と一匹はクリスマスに友人たちに贈るためのケーキづくりを始めるのです。まずは近所の果樹園にピーカンナッツを拾いにいき、暖かい台所で殻を割って実を取り出します。それから、1年間いっしょうけんめい貯めたお金で、パイナップルの缶詰、レーズンに小麦粉、バターなど、ケーキに使うたくさんの材料を買いに行くのです。

材料集めのハイライトは、フルーツケーキの仕上げにふりかけるウイスキーを買いに行くところ。なにしろ当時のアメリカは禁酒法の時代。《でもハハ・ジョーンズさんのところで一瓶買えることを知らないものはいない》と、二人と一匹は川べりのカフェへ向かいます。着いてみるとカウンターにはいつもの奥さんではなく、おっかないという噂のオーナーのハハさん本人が。緊張で固まるおばあちゃんと“僕”がウイスキーを分けてほしいと言うと、ハハさんは《いったいどっちが酒飲みなんかね?》と笑ってウイスキーを分けてくれます。小銭を握りしめてウイスキーを買いにきた二人とハハさんの心が触れ合って、読む人も楽しくて温かい気持ちになるシーンです。

そんな素朴ながらワクワクするクリスマス支度の様子を追いかけているうちに、彼らが住んでいるのが裕福な親戚の家であり、大人ばかりの中で、子どものような心を持ち続けているおばあちゃんと幼い“僕”が身を寄せ合って暮らしていることも分かってきます。そんな彼らが焼くケーキは、さまざまな人に贈られます。近所の友人だけでなく、たった一度しか会ってなかったりあるいは一度も会ってない人へも。《彼らは、僕らが気に入った人たちなのだ》。

“僕”は、ホワイトハウスからのケーキのお礼状や遠い外国からの手紙などをスクラップしてあるファイルを見て思います。《空の他には何も見えないこの台所のずっと彼方にある、活気に満ちた外の世界に結びつけられたような気持ちになるのだ》と。クリスマスイブの夜、おばあちゃんは旅立ったケーキたちを思って胸をときめかせます。《ローズヴェルト夫人は明日の夕食の席に私たちのケーキを出すだろうかねえ?》。ナッツとフルーツたっぷりのこのケーキは、贈られた人にも贈った彼らにとっても、クリスマスの魔法なのです。

物語はやがて訪れる二人と一匹の別離をそっと描いて終わります。この本に閉じ込められているのは、二度と帰ることのできないイノセントな世界。カポーティは大切な思い出を物語にして私たちに贈ってくれたのだと思います。

〔材料〕

(6×11×高さ5cmのパウンド型3本分)

A
 薄力粉......100g
 ベーキングパウダー......小さじ1
 シナモンパウダー......小さじ1/3
 ナツメグパウダー......小さじ1/3

B
 レーズン......50g
ドレンチェリー......40g
 しょうがの砂糖漬け......20g
 オレンジピール......30g
 くるみ(剥いたもの)......35g
 ピーカンナッツ(剥いたもの)......30g
 パイナップル(缶詰)......1枚

無塩バター......100g
三温糖......80g
卵......2個
ウイスキー......お好みで

〔つくり方〕
  • 下準備。Aの粉類はボウルに合わせてふるっておく。バターは室温に戻してやわらかくし、卵も常温にもどしておく。パウンド型にはパラフィン紙を敷き、オーブンは170°Cに予熱しておく。
  • きざむ。チェリーは半分に切る。しょうがは細かめにきざむ。オレンジピール、軽く煎ったくるみ、ピーカンナッツはざっくり大きめにきざむ。パイナップルは細かくきざんで軽く水気をきる。それらとレーズンも加えたすべてのBをボウルに入れ、ふるった粉類を小さじ山盛り1杯ほどふりかけて全体にまぶしておく。

  • 混ぜる。別のボウルにバターと三温糖を入れ、泡立て器で白っぽくなるまですり混ぜる。よくほぐしておいた卵を分離しないよう少しずつ加え、そのつどなめらかになるまで混ぜる。残りのふるった粉類をすべて加え、ゴムべらで底からすくいあげるようにさっくり5~6回混ぜたら、❷のフルーツとナッツを加え(大さじ山盛り1程度は飾り用にとっておく)、全体が馴染むまでさっくりと混ぜ合わせる。
  • 焼く。生地を型に分けて流し入れる。それぞれを軽く台に打ちつけ空気を抜き、へらで表面を平らにならす。❸でとっておいた飾り用のフルーツとナッツを上に散らし、天板にのせてオーブンに入れ25~30分ほど焼く。20分ほどで一度様子を見て、焦げそうならアルミホイルをふわっとのせ、手前と奥を入れ替えてさらに5~10分焼く。竹串をさして何もついてこなければ焼き上がり。
  • 仕上げ。網の上などにおき、粗熱がとれたら型から出してお好みでウイスキーをふりかける。完全に冷めたらラップでぴっちりと包んで涼しい場所におく。2〜3日おくと、生地がしっとり落ち着いて、カットもしやすくなります。

『クリスマスの思い出』
トルーマン・カポーティ著、村上春樹訳、山本容子銅版画(新潮社)
舞台は1930年代。7歳の僕は親戚の家で暮らしている。親友は同じ家に暮らす60歳を超えたいとこの老女と小さいが元気な犬のクイーニー。彼らは毎年11月になるとクリスマスに贈るフルーツケーキの準備を始める。ケーキは全部で31個。友達やいつもお世話になっている街の人、会ったことのない大統領など、彼らが好きな人たちに贈られるのだ。温かく切ない、イノセントなクリスマスの物語は、カポーティが自身の子ども時代を描いたもの。

子どもの文学のなかに登場する(あるいは登場しそうな)おいしそうな食べ物を、読んで作って紹介している連載「おいしいおはなし」。第40回までの連載をまとめた単行本『おいしいおはなし』(グラフィック社)は、全国書店または各オンライン書店にて発売中。

文と料理:本とごちそう研究室(川瀬佐千子・やまさききよえ) 
写真:加藤新作
スタイリング:荻野玲子