おいしいおはなし 第40回『窓ぎわのトットちゃん』ママがつくった海のものと山のもの入りお弁当

 初めてこの本を読んだ小学生のころ、「自分の学校とぜんぜん違う!」と、トットちゃんの通うトモエ学園にうんと憧れました。そしてこのおはなしが、先の戦争より少し前のことだと知ってはいても、そんなに昔の話の気がせず、憧れと同時になんとなく親近感を感じてました。それくらい、『窓ぎわのトットちゃん』に書かれたエピソードは生き生きと鮮やかで、今読み直してもその輝きは衰えていません。
 憧れのトモエ学園は、校舎が電車で、座る席は自由。時間割がなくて、日々いろんなトモエならではの行事があります。たとえば、運動会。ごほうびは野菜です。一等賞の賞品が大根1本、二等賞がごぼう3本で、三等賞はほうれん草1束など、最後には生徒全員が何かしらの野菜を手にします。そして、いざ持って帰るときにグズグズし始めた子どもたちに、校長先生はこんなふうに言うのです。

「なんだ、いやかい? 今晩、お母さんに、これを料理してもらってごらん? 君達が自分で手に入れた野菜だ。これで、家の人みんなの、おかずが出来るんだぞ。いいじゃないか! きっと、うまいぞ!」
 そういわれてみると、たしかにそうだった。トットちゃんにしても、自分の力で、晩御飯のおかずを手に入れたことは、生まれて初めてだった。(146〜147頁)

おいしいおはなし1-2

 こんなトモエならではのエピソードを読むたびに、トットちゃんとトモエ学園に通いたい熱は一層高まったものでした。少なくとも本を読んでいる間は、自分もトモエ学園の生徒になってトットちゃんたちと学校生活を送っている気持ちで、一緒に笑い、一緒に息を切らし、一緒に別れに涙しました。
 大人になって読み返すと、また別の憧れの気持ちを抱きます。きっとたくさんの「トットちゃん困った」の報告を受けていただろうに「君は本当はいい子なんだよ」と言い続けた校長先生の教育者としての温かさに。戦争が長くなって食料が手に入りにくくなったある日、食べ物をもらえるという条件で軍の慰問演奏に誘われたバイオリニストのパパが、軍歌は弾きたくないと言ったときに、〈そうね。やめれば? たべものだって、なんとか、なるわよ〉(248頁)と答えたママの優しさとたくましさに。
 そんなかっこいいママがつくったトットちゃん初登校日のお弁当は、こんな感じだったはず。トモエ学園のお弁当のルールは「海のものと山のものを入れる」というもの。このシンプルで的確なルールに則り、ママがつくったお弁当に、トットちゃんは〈ママは、とっても、おかず上手なの〉(48頁)と誇らしげです。さて、お手製のでんぶは、山のもの? 海のもの?

〔材料〕

(1人分)
でんぶ(つくりやすい分量)
 生ダラ ひと切れ(約100g)
 酒 大さじ1
 砂糖 小さじ2
 塩 少々
卵 1個
タラコ 適量
グリンピース 適量
ごはん 適量

〔つくり方〕
  • 卵は塩と砂糖各少々(ともに分量外)で味つけし、炒り卵にする。タラコはあぶって斜めに切る。グリンピースはサヤから取り出し、沸騰した湯に塩少々(分量外)を加えて1分ほど茹でる。茹で汁ごと冷まし、冷めたらザルに上げて水気をきる。
  • 鍋に湯を沸かし、生ダラを茹でる。茹で上がったら取り出し、身をざっくりほぐしながら骨と皮を取り除く。
  • ほぐした身をガーゼ、または厚手のペーパータオルで包み、流水でもみ洗いをする。洗ってはぎゅっと絞る、を数回繰り返し、最後はよく絞る。
  • 小鍋に③のタラを入れ、酒、砂糖、塩を加え、弱火にかける。木ベラで混ぜながら、汁気がなくなりふわふわになるまで炒る。
  • 弁当箱にごはんをふわっと詰め、でんぶと炒り卵、タラコ、グリンピースを彩りよくのせる。

でんぶはお魚でつくるので、海のものですね。味つけして炒るときは焦げつきやすいので、木ベラで常に鍋底から混ぜながら仕上げます。

『窓ぎわのトットちゃん』
黒柳徹子作(講談社)
1981年に出版されたベストセラー本。学校やおうちでの日々が綴られた、トットちゃんこと女優の黒柳徹子さんの子ども時代の自伝小説です。その日々はワクワクに満ちて輝き、またそれを追体験させてくれる生き生きとした文章が魅力。トットちゃんがトモエ学園に通っていたのは、太平洋戦争の始まる直前から始まったころまで。おはなしの終わりに向かって少しずつその影が忍び寄ります。明るく楽しかった日常を少しずつ奪って行く戦争の悲惨さも、静かに強く印象に残ります。

文と料理:本とごちそう研究室(川瀬佐千子・やまさききよえ) 
写真:加藤新作
スタイリング:荻野玲子