父なる自然
「一番大切なのは、自然の中での暮らしを取り戻すこと!」。オンライン雑貨ショップ「マガザン・ヴィヴァン!」の共同経営者フレデリック・ヴェルディエは、娘の誕生を機に、自然を身近に感じる暮らしへと舵を切った。現在は娘のイリス、息子のジャコブと一緒にその思いを実らせた日々を送っている。
かつて〈ラコステ〉でクリエイティブディレクター、ファッションディレクターを務めたフレデリックは、フランスブランドの中心で12年働いたのち、新たな道を歩むことを決意した。「娘のイリスが生まれ、この環境で働き続けるのは難しいと感じたんです」と、フレデリックは当時を振り返る。
卸売業を営み、一時は雑貨店も開いていた母、そして縫製工場を経営していた父のもとで育った彼は、段ボール箱に囲まれて遊んでいたという。記憶の底に埋もれていた段ボールの香りを思いだしたのは2021年のこと。アウトドア、ガーデニング、キッチン用品などを扱うオンライン雑貨ショップ「マガザン・ヴィヴァン!(Magasin Vivant!)」をオープンさせた時のことだ。もともと自然をこよなく愛していた彼は、美しくシンプルな生活雑貨を販売するドイツのチェーン店「マニュファクトゥム(Manufactum)」に憧れを抱いていた。
「昔からこの店のコンセプトが好きでしたが、新たに店を開くのは大変なこと。ゼロからのスタートですから。でもメンズスタイリストをしていたマリオン・グランジェと出会ったことで情熱に火がつき、二人でネットショップをオープンさせました」
「マガザン・ヴィヴァン!」が扱うアイテムは、どれもきめ細やかなリサーチに基づいたものだ。ピクニック用の防水ブランケット、防水加工が施された作業着、キャンプ用の調理器具、麻のサンダル、カタルーニャの鍬にいたるまで、どれもフランス中を飛び回ってセレクトしたもの。子どもたちが幼い頃から自然と触れ合い、アウトドアの楽しみを知れるように、子ども向けの玩具にも力を入れている。今となっては、7歳半のイリスと4歳のジャコブが一番のアンバサダーだ。
「よかったらサイトを見てみて。この包丁はいろんな色があるの」
いたずらっぽい目をしたイリスが小声で教えてくれた。
フレデリックは、子どもたちの母であるマリーヌと別れ、現在はパリ郊外のモントルイユで子どもたちと暮らしている。1920年代に建てられた光あふれる一軒家で、もちろん庭もある。子どもたちは、ほとんどの時間をテラスや家庭菜園の畑で過ごす。その姿は見るからに自由で、動植物の知識も豊富だ。
「イリスは動物に詳しくて、知識欲が旺盛なタイプ。ジャミ・グールモ※1の教育番組を繰り返し観ています。弟のジャコブはキノコ狩りと釣りに夢中です」
自律性を養う「第三の学校」
子どもたちのこうした知識は、親の教育だけでなく、ヴァンセンヌの森※2にある一風変わった学校のおかげもあるだろう。
「子どもたちの母マリーヌは、オルタナティブスクールで働いていました。先生もいなければ、大人が何かを強要することもない。常に子どもたちが主体の学校でした。そして、イリスとジャコブが通う『ラ・メゾン・デ・ザンファン(子どもたちの家)』もこの流れを汲んでいます。先生はいますが、あくまで子どもたちのサポート役です」
きっかけはマリーヌだったが、フレデリック自身も従来とは異なる教育に魅力を感じたという。
「森の中の“小さな家”を初めて訪れた時、なんて素晴らしい場所なんだとワクワクしました。子どもたちが花開いていくのに最適な環境だと」
そして実際に教師たちと面談し、学年によるピラミッド型の区切りがないことなどを知り、入学を決めた。
「娘のイリスは、それまで本当に多くの時間を外で自由に私と過ごしていました。そんな彼女が教室の椅子に座り、決められた時間割で勉強する姿は想像もつきませんでした」
こうしたオルタナティブな教育機関は「第三の学校※3」と呼ばれる。「ラ・メゾン・デ・ザンファン」の開校は1974年。アリアーヌ・ムヌーシュキン※4主宰の「太陽劇団」の俳優たちによって設立された。現在は、3歳から10歳の計27人の子どもたちが通っている。登校して教室に向かう子もいれば、そのまま別の活動を始める子もいる。
「ある日イリスは、自転車に乗れるようになりたいと思い立ち、たった1日で乗れるようになりました。最近は弟と一緒に何時間も木登りをしています。だからといって彼女が字を覚え、数を数える妨げにはなっていません」
こうした自律性を養う教育は家庭でも行われている。
「子どもたちは自由で、すべてが許されています。自分の身を危険にさらさず、お友達の邪魔をせず、相手を尊重している限りは好きなことができる。大人の説明が必要な時でも、すぐに話を切り上げます。すると自然と責任感が生じます。もちろん彼らはやさしい『ケアベア※5』とは違います。喧嘩もしますが、私は介入せず、自分たちで解決させます。子どもはいつだって正しい答えにたどり着くんです。彼らの判断に大人が影響を与えないように心がけています」
フレデリックが子どもと同じ目線に立つことで、親子の間には信頼関係が築かれている。何か失敗しても、子どもたちは正直に父親に伝える。しかられて罰を与えられることがないからだ。この親と子の対等な関係が、子どもたちの中に挑戦したい気持ちを育んでいく。
「二人はまだ小さいけれど、ほとんどのことを自分でできます。初めて包丁を握ったのは3歳の時。先が丸くてとても切れ味の良い包丁を用意し、正しい使い方と危険性を教えました。二人とも一度だけ手を切りましたが、それ以降は上手に使っています」
子どもたちは父親の目の前で特注の弓、のこぎり、斧まで使っている。
「集中できていないと感じたら、すぐにやめさせますよ」
とフレデリックはつけ加えた。
時間がある時は、家族でフランス南部のロゼール県マルジェリッドに向かい、中央山塊の高原で定住型のキャンプをしながら“自然の中での暮らし”を実践している。
「テントではなく、コットンのタープを張って防水の寝袋で寝ます。移動はせず、同じ場所で過ごすのが好きなんです。やることはたくさんありますから」
スプーンを彫ったり、カゴを編んだり、水をろ過したり、チェスをしたり、タジン鍋で身も心も温まる料理を作ったり……。気の向くままに自然の中での暮らしを楽しんでいる。
「鋳物の両手鍋と焚き火があれば、自分たちで五つ星の料理だって作れる。外にいたって家の中にいるように快適で贅沢に過ごせますよ」
彼自身のアウトドアの知識は、何年もかけてさまざまな教材から学んで身につけたもの。庭先でイリスとジャコブがいとも簡単に矢を作っているところを見ると、“この親にしてこの子あり”と思わずにはいられなかった。
※1『C’estpassorcier』という有名な科学番組に出演していたジャーナリスト
※2パリ中心部から東に4kmほどにある広大な森林公園
※3フランス人の教育者で活動家のベルナール・コロが提唱する教育法
※4フランスの女性演出家、映画監督
※5世界各国で展開しているクマのキャラクター。たくさんの仲間がいてそれぞれに子どもたちを見守る使命を持っている
Photograph: Oliver Fritze
Text: Hélène Rocco
Translation: Kumi Hoshika
Edit: Sachiko Kawase