クリエイターのアーム・ソンとヨハン・オリンのショップ「サラカウッパ」で、ユニークなおもちゃたちと出会う。
フィンランドの首都、ヘルシンキの一角に、ひっそりと佇む一軒の店がある。デザイン地区を行き交う人々の好奇心をくすぐる店内には、カラフルでユニークな木製のおもちゃやオブジェが並ぶ。「サラカウッパ(Salakauppa)」の不思議な世界へようこそ! レトロな雰囲気が漂うその空間は、デザインユニット〈カンパニー(COMPANY)〉のアーム・ソンとヨハン・オリンが仕かけたアートプロジェクトでもあるのだ。
独自のセンスとノウハウで
二人が出会ったのはヘルシンキ芸術デザイン大学(現アールト大学)在学中のこと。韓国人のアームとフィンランド人のヨハンをつないだのはデザインへの情熱だった。それから一緒にさまざまなコンペに挑戦し、共同で事業を立ち上げた。2000年にデザイン会社〈カンパニー〉を設立すると、クリエイターとしての活動だけでなく、新たな才能の発掘にも乗りだす。2006年にはヘルシンキ現代美術館から展覧会を依頼され、その時誕生したのが「シークレッツ・オブ・フィンランド」展だ。グローバル化したこの時代に、あえてフィンランドの工芸品にスポットを当てた展覧会だった。アームは言う。
「この国でひっそりと活動している無名の作り手たちの協力により、とても特別な展示が実現しました。展覧会というよりお店のような雰囲気だったことから『Salakauppa(秘密のお店)』と呼ばれるようになったんです。それがすべての始まりです」
欲しいものをかたちに
二人のやり方はいつも奇想天外だ。まずはヘルシンキの中心街で、元は花屋が入っていた全面ガラス張りのキオスクに最初の店「サラカウッパ」をオープンさせたのだ。
「ある日、キオスクの前を通りかかったら『売物件』というチラシが貼られていたんです。そこからお店を開いて店主になるという冒険が始まりました。アートなプロジェクトでもきちんと商業的に成り立つことを証明したかったんです」
とヨハン。そこは、美術館、鉄道や地下鉄の駅、国会議事堂にも近い理想的な立地で、アームによると「実験には最適な場所」だったという。そして2023年の春、二人は新たな一歩を踏みだす。キオスクの店舗を閉店し、別の場所で「サラカウッパ」をオープンさせたのだ。それもただのお店ではない。もっと人通りの少ない場所で、ひっそりと隠れるように……。つまりもっと“秘密のお店”へと姿を変えて!
「友人のリンダからのアドバイスで、ヘルシンキのデザイン美術館で開催した2019年の展覧会の雰囲気を再現することにしました。落ち着いたエリアにあって、私たちの作品にとっても、世界中からこの街を訪れる通りすがりのお客様にとっても、ひっそりと佇む神殿のような夢のお店を作りたかったんです」(アーム)
そこには細部にまで二人のこだわりがつまった空間が広がっている。店舗の設計、木の外観、内装はすべて友人たちが手がけたもの。店内には日本やロシアの職人たちが木材を加工する音が流れる。これもまた、建築家であり作曲家の友人トゥオマス・トイヴォネンがミックスしてくれたものだ。奥には小さな工房があり、お客様を迎える合間に作業をすることもできる。
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とっておきの秘密
二人は世界中のメーカーを訪れ、実際に工場を見学することでさまざまなアイデアを得ているという。
「特にソ連時代の古い工場が好きなんです」(ヨハン)
また、建築や音楽やデザインなど芸術の分野で活躍する友人たちからの刺激も欠かせない。しかし、二人を最も象徴するインスピレーションの源といえば「旅」であり「出会い」だろう。この2つがあって初めて物語が始まるのだ。
「行きにくい場所であればあるほど、会うのが大変であればあるほど、やりがいを感じるんです。私たちはじっくりと時間をかけて旅をします。列車やバスを乗り継ぎ、くねくねと曲がりくねった小道の先に作り手たちとの出会いがあります。そして帰りの列車の中では、どんなプロジェクトにするかあれこれ想像を巡らせるんです」(アーム)
彼らが「シークレッツ(Secrets)」と呼ぶそのプロジェクトは、地元の工芸品に二人のセンスを吹き込むことで、その価値を再評価することを目指している。
「私たちは作り手が作るもの、そして彼ら
が教えてくれることを出発点としています。そうして完成した商品は、私たちにも職人さんたちにもそっくりなんです! この店のお客様には、そうした背景も味わってもらえればうれしいです」
新たな商品を生みだすには、まずは方眼紙の上に定規や鉛筆を使ってデザイン画を描き、さらには水彩画を描く。素材は木と
セラミックが中心だが、織物、フェルト、革、
樹皮、鋳物などを扱う際には、先人から受け継がれてきた伝統工芸品の技法を取り入れている。どれもじっくり観察して、愛でて、コレクションしたくなるものばかりだ。
「作り手のリサーチと技術の習得にはたっぷりと時間をかけます。たいていは何年もかかるんです! 自分たちの会社を『探偵事務所』呼び、世界中のクリエイターを探し出すことに心血を注いでいます。会いたい人が見つかれば直接会いに行き、作業の様子や工程を見せてもらえるか頼みます。それから実際に長い時間をかけて技術を学んでいきます。しまいにはお互いに大切な友人となり、その時初めて一緒に何かできないか提案をします。みんなでアイデアを練り、デザイン画を描きながら話し合い、ようやく最終的なコンセプトが固まっていきます」
と、彼らは教えてくれた。
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新たな商品を考えるたびにアームは水彩画を描く。「シークレッツ・オブ・ロシ ア・コレクション」から「おじいさんのりんごの木(写真下)」のための一枚。 Illustration by Aamu Song
こうしたプロジェクトを通して、今やロシア、フィンランド、メキシコ、日本の4つのシークレッツ・コレクションが完成している。最初に商品化したのはフェルトのダンスシューズ。そして「海のマトリョーシカ」は変わらぬベストセラー商品だ。
「このマトリョーシカは、ひとつの出来事から次へとつながる旅を物語っているんです」
それはまるで彼らのものづくりそのものだ。作り手を探し、旅に出て、人と出会い、友情をはぐくみ、かたちにする。そんな彼らが作りだすおもちゃを見ていると伝わってくるのだ。「みんなの秘密はここで守られているよ」と。
Photograph: Paavo Lehtonen (Portrait & Shop Photo)
Text: Caroline Ricard
Translation: Kumi Hoshika
Edit: Sachiko Kawase