LIBRARYパリ12ヶ月雑記帖2024.12.01

パリ12ヶ月雑記帖 “novembre” —守屋百合香

パリと東京を行き来しながら活動するフラワースタイリストの守屋百合香さんが、小さな息子とパティシエの夫と暮らしているその日々を綴る「パリ12カ月雑記帖」。花を介したいろいろな出会いに満ちた11月をお届けします。

11月某日。曇り。
Paris Photo(パリフォト)」は、毎年11月に行われる大規模な写真のアートフェアで、世界中のギャラリーやフォトグラファーがパリのグラン・パレに集まる。グラン・パレは、ガラス屋根と無数の鉄骨が特徴的な、とても優雅な建築だ。オリンピックではフェンシングなどの競技会場にもなっていた。
今回、出展者のロンドンのCob galleryからブーケを依頼された縁で、フェアにご招待いただいた。入った瞬間、その広さと熱気に圧倒される。写真を見たり、建築を見たりで、始終キョロキョロして忙しい。
会場を回っていても、やはり花をモチーフにした写真に目がいく。私も日常的に花を撮っているのだが、それぞれの写真家が撮る花は視点が違って、新たな印象を受け、刺激的だった。Cob galleryで出展していたJack Davisonも、ブーケを撮影したから出来上がったら送るねと言ってくれた。彼がどんなふうに花をとらえるのか、楽しみにしている。

11月某日。晴れ。
友人のギャラリーで、週末限定のブーケスタンドを出した。
初日にふらりと来店してくれたマダム。話しているうち、スパンコールのついたトートバッグで一世を風靡したフレンチブランド、Vanessa Brunoのデザイナー本人だと自己紹介してくれた。近所に住んでいて偶然通りかかったらしい。いたく気に入ってくれ、店頭にあったブーケをほぼ全てお買い上げ。全部、自宅に飾るためだと言う。花ほど幸福なものはない、このブーケたちにたくさんインスピレーションをもらえそうだわ!と喜んで帰っていった。後ろ姿も凛として品がある、佇まいの美しい白髪のマダムだった。もちろん、私や友人たちは彼女の去った後もしばらく興奮冷めやらず、大盛り上がり。パリではたまに、ご褒美のように素敵な出会いがある。

11月某日。晴れ。
詩人の谷川俊太郎さんの訃報が、数日経ってからパリにいる私にも届いた。
小学生の頃、国語の授業で、教科書にも載っている有名な詩「生きる」を皆で朗読させられた。確か、一人一文ずつ音読する形式で、「それは、ミニスカート!」「それは、ピカソ!」。まず意味がわからなかったし、人前で大きな声を出すのも嫌だった。だから多分、ずっと他のことを考えていた。一日中空想に耽るのが大好きな子どもだった。
でも、この詩のリズムを身体で覚えていて、大人になっても思いがけぬ瞬間に浮かんでくるのは、当時の学校教育の賜物であると言えるのだろう。
ところで、私の息子はたまにアジア食材のスーパーで買う金平糖をとても貴重なものだと思っていて(実際、日本で買うよりもかなり高価ではある)、食べるときは必ず一粒ずつ出して、じっくり色を確かめてから、落とさぬよう急いで口の中に放り込む。
ある日、彼の小さな手のひらに包まれた一粒の金平糖を見たときにふと、「それは、金平糖」、そう心の中でつぶやいた自分がいた。「生きる」のリズムで、口をついて出た。
「生きるということ」の意味は説明できないまま大人になったが、いつまでも、歩む人生の傍に、谷川さんの詩がある。

11月某日。雪。
初雪。息子を幼稚園に送り届け、午前中の家事を済ませているうちに、気がつけば窓の外は降り頻る雪、雪。こんな日は、息子も学校なんか行かず、早く帰ってきて一緒に雪遊びをしたいと思いながら、部屋にこもって熱いカフェオレを飲む。
昼過ぎ、注文のブーケを引き渡すために少しアパルトマンの外に出た。あまりの寒さに身ぶるいする。迷ったけれど、せっかくだからと家のまわりを一周散歩してみた。日陰に停まっている車の上にだけ、うっすらと雪がかかって白くなっているが、どうやら積もることはなさそうだ。こんなに大粒の牡丹雪がひっきりなしに空から落ちてきているのに、翌朝には跡形もなく消えてしまっているのだと思うと、幻を見ているかのようだ。

11月某日。晴れ。
マルシェでサパン(もみの木)を買ってきた。朝、息子に「今日サパン買ってくるからね」と約束したのだ。夕方、幼稚園に迎えに行くと開口一番、「サパン・ド・ノエル(クリスマスツリー)作ろう!」。どうやら、学校でノエルについて学び、おぼろげながらそれがどういう日なのかを理解してきたようで、今年は今までになく、ノエル、ノエルと口にするようになった。
クローゼットの奥から、昨年のオーナメントを引っ張り出す。一緒に飾り付けをするのは、彼が生まれてから初めてだ。案の定、ガラスのオーナメントを落として二つほど割ってしまったが。セロテープに「NOEL」と書いて、てっぺんの星につけようなどと色々思いつき、楽しそうにしている。一日のうちに何度も、サパンの前でじっと立ち止まっては、「きれいだねえ」としみじみ見つめているのが可笑しい。

11月某日。曇り。
ヴォージュ広場の並木も、まもなくすべての葉が落ちようとしている。黄葉は、くすんだ街を灯す、燭台の最後の炎だ。
息子は、落ち葉の山をブーツで掻き分けブルドーザーのように歩いていく。
家に帰れば、昨日夫と息子が作ったいちごのティラミスが待っている。さつまいもスープと、りんごと洋梨、クリーミーなブルーチーズも。雨続きでちょっと陰鬱な気持ちも、温かい料理や甘いおやつを思い出しているうちに吹き飛んでしまうのだ。

[今月の花]


秋の終わりと冬の始まりを、色づいた楓の葉のグラデーションが艶やかに彩ってくれる。パリ近郊の生産者のもとからやってくる楓は、枝ぶりもしなやかで強く、大輪の菊やダリアなどの華やかな花にも引けを取らない。先日は、楓だけをモダンな花器に活けた。

フラワースタイリスト
守屋百合香

パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris

SHARE