『The Son/息子』(2022年)大切に思っているのに届かない、心の距離
映画監督であり、劇作家でもあるフロリアン・ゼレール。自身の戯曲をもとにした『ファーザー』は、アルツハイマーを患った老人の目に世界がどう映るか、家族がどう見えるかを描いていて鮮烈でした。
彼にとって『ファーザー』は家族をテーマにした舞台劇の三部作の一作。その次に映画化したのがこの『The Son/息子』になります。
ヒュー・ジャックマン演じるピーターは辣腕弁護士。美しい妻と生まれたばかりの子どももいて、順風満帆な人生を送っています。そんな彼の前に、離婚した前妻との間の息子ニコラスの問題が立ちはだかります。17歳になったニコラスはいかにも繊細そうな少年。学校に行けず、街を徘徊し、母親にも心を閉ざしています。ニコラスから頼まれてピーターは彼を自分の家庭に迎え入れることにしますが、ことは簡単には進みません。
人生の成功者である父親には、思春期でつまずく息子の気持ちが分からない。しかし、ニコラスの存在によって、肉体的にも精神的にも健康に見えるピーターの過去が浮かび上がっています。彼もかつては仕事に忙しい父親にネグレクトされ、傷ついた息子でした。でも気がつくと、自分の父親にされたのと同じことを自分の息子であるニコラスにしてしまう。強くあれ、まともであれ、自分のように成功した人生を送れと押し付けてしまうのです。有害な男性性が引き起こす、家族の負の連鎖がここにあります。
様々な試練を乗り越えてきたという自負のあるピーターには、ニコラスもまた“解決すべき問題”として映ってしまう。でも子どもは方程式のようには解けない。ピーターはどんな風に息子に寄り添えばよかったのか。答えは映画の中にはありません。時には、自分の思うように育たない子どもをただ受け入れることしかないのでしょうか。大変に辛い作品ですが、家庭の問題から浮き彫りになる人間性について考えさせられ、見応えがあります。
山崎まどか
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』『ノーマル・ピープル』(共にサリー・ルーニー著/早川書房)等。