LIBRARY新しいファミリー映画2022.08.25

新しいファミリー映画 Vol.13——山崎まどか

家族のカタチが多様になってきた近年、家族で楽しむファミリー映画もファミリーを描く家族映画も、いろいろで面白い。そんな“新しいファミリー映画”を、コラムニストの山崎まどかさんがピックアップしてご紹介します。

不穏で複雑な家族の絆を描く『靴ひものロンド』(9/9全国公開)

1980年代のナポリ。ローマのラジオ局で番組を持つ夫のアルドから、妻のヴァンダは衝撃的な告白を聞きます。彼はラジオ局に勤める若い女性と浮気したというのです。二人の間にはまだ幼い子どもたち、アンナとサンドロがいました。家から追い出されたアルドはローマで愛人と暮らし、週末などに家族の元に戻ってくるという生活をおくることとなりますが、彼の行動は不安定。ローマに子どもたちがやってきても仕事場の同僚の家に彼らを泊めてもらって、自分は愛人の家に行ってしまう始末。そんな生活の中で、母のヴァンダは追いつめられ、ショッキングな行動に出ます。

ここまで壊れてしまったら普通、家族はバラバラになって元に戻らないもの。ところが、映画は急に家族の崩壊から30年後に時間がジャンプします。すると、あれほどすれ違い、修復不可能だったはずのアルドとヴァンダが落ち着いた老夫婦として暮らしている姿が見えます。30年の間に、一体何があったのか? 父母が元の鞘に戻ったことについて、成人となった子どもたちはどう思っているのか? やがてアルドとヴァンダは思わぬ出来事に見舞われ、二人が隠していた互いへの感情が明らかになるときが来ます。

原作は作家ジュンパ・ラヒリが惚れ込んで英訳したことでも知られるイタリアのヒット小説。家族の複雑な関係がサスペンスのような形で浮かび上がってきます。特に印象的なのが、タイトルにもなっている靴ひものシーン。父親が家を出てしまってきちんと習わなかったせいで、弟のサンドロの靴ひもの結び方がおかしいとアンナがアルドに訴える場面です。カフェで父親は膝をつき、子どもたちに靴ひもの結び方を改めて教示します。アンナとサンドロにとって靴ひもは、一筋縄ではいかない家族を結びつけるものの象徴です。ほどこうとしても、なかなか簡単にはほどけない。大人になって、それぞれ両親に対して抱えるものがあっても、アンナとサンドロが待ち合わせるのはこの「靴ひものカフェ」。不完全な人間同士としての家族の絆を考えさせられる作品です。

『靴ひものロンド』
1980年初頭のナポリ。ラジオ朗読のホストを務めるアルドと妻ヴァンダ、アンナとサンドロの二人の子供たちの平穏な暮らしは、夫の浮気で終わりを告げた。家族の元を去り浮気相手と暮らすアルドは、定期的に子どもたちに会いに来るがヴァンダはすべてが気にいらない。次第にヴァンダの精神状態は不安定になり、その行動もエスカレートしていく。衝突ばかりの両親の狭間で揺れる子どもたち……。月日は流れ、老齢を迎えた二人はまた共に暮らしている。夏のバカンスへ出かけるが、1週間後に自宅へ戻ると家はひどく荒らされ、飼い猫は失踪していた。改めて露わになる夫婦の、そして子どもたちの思い——。「ニューヨーク・タイムズ」2017年「注目の本」に選出された傑作小説を映画化。
監督/脚本:ダニエーレ・ルケッティ
出演:アルバ・ロルヴァケル、ルイジ・ロ・カーショ、ラウラ・モランテ、シルヴィオ・オルランド
2022年9月9日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
配給:樂舎
©︎Photo Gianni Fiorito / Design Benjamin Seznec / TROIKA ©2020 IBC Movie
公式サイト

コラムニスト
山崎まどか

15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』(サリー・ルーニー、早川書房)等。

Text: Madoka Yamasaki
Illustration: Naoki Ando

SHARE