不穏で複雑な家族の絆を描く『靴ひものロンド』(9/9全国公開)
1980年代のナポリ。ローマのラジオ局で番組を持つ夫のアルドから、妻のヴァンダは衝撃的な告白を聞きます。彼はラジオ局に勤める若い女性と浮気したというのです。二人の間にはまだ幼い子どもたち、アンナとサンドロがいました。家から追い出されたアルドはローマで愛人と暮らし、週末などに家族の元に戻ってくるという生活をおくることとなりますが、彼の行動は不安定。ローマに子どもたちがやってきても仕事場の同僚の家に彼らを泊めてもらって、自分は愛人の家に行ってしまう始末。そんな生活の中で、母のヴァンダは追いつめられ、ショッキングな行動に出ます。
ここまで壊れてしまったら普通、家族はバラバラになって元に戻らないもの。ところが、映画は急に家族の崩壊から30年後に時間がジャンプします。すると、あれほどすれ違い、修復不可能だったはずのアルドとヴァンダが落ち着いた老夫婦として暮らしている姿が見えます。30年の間に、一体何があったのか? 父母が元の鞘に戻ったことについて、成人となった子どもたちはどう思っているのか? やがてアルドとヴァンダは思わぬ出来事に見舞われ、二人が隠していた互いへの感情が明らかになるときが来ます。
原作は作家ジュンパ・ラヒリが惚れ込んで英訳したことでも知られるイタリアのヒット小説。家族の複雑な関係がサスペンスのような形で浮かび上がってきます。特に印象的なのが、タイトルにもなっている靴ひものシーン。父親が家を出てしまってきちんと習わなかったせいで、弟のサンドロの靴ひもの結び方がおかしいとアンナがアルドに訴える場面です。カフェで父親は膝をつき、子どもたちに靴ひもの結び方を改めて教示します。アンナとサンドロにとって靴ひもは、一筋縄ではいかない家族を結びつけるものの象徴です。ほどこうとしても、なかなか簡単にはほどけない。大人になって、それぞれ両親に対して抱えるものがあっても、アンナとサンドロが待ち合わせるのはこの「靴ひものカフェ」。不完全な人間同士としての家族の絆を考えさせられる作品です。
山崎まどか
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』(サリー・ルーニー、早川書房)等。
Text: Madoka Yamasaki
Illustration: Naoki Ando