守りたいのは“家族”の時間『親愛なる君へ』(2021年)
ピアノ教室で講師を務める青年ジエンイーは、老婦人シウユーと彼女の孫であるヨウユーの面倒を一手に引き受けています。糖尿病を患うシウユーを介護し、ヨウユーを学校に送り迎えして、食事を作る日々。ジエンイーと二人は血のつながりはありません。彼は屋上にペントハウスに間借りしている同居人に過ぎないのです。しかしシウユーは彼の亡くなった同性パートナーであるリーウェイの母親であり、ヨウユーはリーウェイが前に結婚していた女性との間にできた息子。ジエンイーにとって彼らはリーウェイが遺した“家族”です。
ところが、シウユーが急死したため、思わぬ災難がジエンイーにふりかかります。シウユーは亡くなる前に、ジエンイーとヨウユーは養子縁組をしていました。ヨウユーにとって今やジエンイーは「パパ二号」。しかしシウユーの遺族が、ジエンイーはシウユーの財産である不動産を狙ってヨウユーを養子にしたのではないかと疑いを持ちます。そして警察の再検査の結果、シウユーの死因について驚くべき事実が明かされるのです。
どうして恋人が亡くなった後に出ていかず、残って彼の家族と暮らしていたのかと訝しげに警察に尋ねられたジエンイーはこう答えます。
「もし僕が女性で、夫が亡くなった後、彼の家族の面倒を見ていたとしたら、同じ質問をしますか?」
自分を気遣い、嫌がらずに介護に当たるジエンイーを見て「私に尽くしたら、彼(リーウェイ)が戻ってくるとでも思っているの?」と言っていたシウユーが、最後に「あんたはいい男だね、私の息子が惚れるのも当然だ」と告げるとき。ジエンイーとヨウユーが一緒にピアノを練習するとき。そこにはまぎれもなく家族の絆だけがもたらす優しい時間が流れています。
リーウェイもシウユーも亡くなった後、ジエンイーは自分の“息子”であるヨウユーを守るためにどんなことでもしようと覚悟を決めます。彼が自分の家族と暮らせる権利が当たり前に持てる世の中でありますようにと、祈らずにはいられなくなります。
山崎まどか
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』(サリー・ルーニー、早川書房)等。
Text: Madoka Yamasaki
Illustration: Naoki Ando