おいしいおはなし第45回『マチルダは小さな大天才』 作戦決行の日の給食はベークドビーンズ

《世の中の母親や父親には、ひとつ、おかしなところがある。自分たちの子どもが、まったくどうしようもなく不愉快な子どもだったとしても、それでも彼らは、その子を、とてもいい子だと思っているのだ。》(9頁)と、皮肉たっぷりな書き出しで始まる『マチルダは小さな大天才』は、ブラックユーモアと風刺で知られるイギリスの作家、ロアルド・ダールの書いたおはなしです。
主人公のマチルダは5歳。そして彼女の両親はこの書き出しの親像とは真逆で、ダールはそれを《子どもべったりの親よりも、ずっとたちが悪い》(12頁)と評します。その親っぷりのひどさは、《いささかえげつないほどに俗語的なことばづかい》(343頁)のダールにならって言うならば、実に胸クソの悪くなるほどです。そしてもう一人、この本にはマチルダの、いや全子どもたちの敵である校長のミス・トランチブルが登場します。親と先生。子どもの世界において大きな存在である二大オトナがろくでなしだなんて、なんとつらい物語なのか……と思うかもしれません。しかし、マチルダはただの子どもではないのです。常に冷静で客観的、恐ろしく頭の回転が速く、4歳にしてディケンズにシェイクスピア、ヘミングウェイにスタインベック、オーウェルなど、世界の文豪たちの作品を読み、5歳半で2桁の掛け算を暗算できる天才児です。担任のミス・ハニーが《おもしろかったのは、どんな本?》と聞けば、率直に自分の意見も言えます。《『ライオンと魔女』がおもしろかったです。わたし、ミスター・ C・S・ルイスはとてもよい作家だと思います。でも欠点もあります。物語にこっけいみがないんです》《子どもって、大人ほどまじめじゃないんです。笑うのが好きなんです》(113頁)。
そんなマチルダが、大きな体や大きな声で威圧的に接する大人に、小さな体と鋭い頭脳で立ち向かい、“こっけいみ”にあふれた物語は、世界中の子どもたちの心をとらえました(イギリスでは「ハリー・ポッター」シリーズ登場までの間、ダントツで売り上げNo.1の児童文学だったそうです)。

物語のはじめはマチルダvs.両親ですが、マチルダが学校に上がるとともに、マチルダが対する相手は校長のミス・トランチブルになっていきます。マチルダの両親も相当ですが、ミス・トランチブルは悪役中の悪役と言っても過言でないほどの言動を展開し、読んでいて怒りと恐怖に胸が潰れそうになります。でも、マチルダも子どもたちもやられっぱなしではありません。なんども仕返しを挑み武勇伝を語る上級生のホルテンシア、ミス・トランチブルにやられそうになるも形成を逆転して勝利するブルース、そしてマチルダの親友のラベンダーも知恵と勇気をもってミス・トランチブルに立ち向かいます。クラスに授業をしに来たミス・トランチブルに水差しを用意する係りをかってでて、そこにあるものをこっそり入れる作戦を立てるのです。決行の日、ラベンダーは緊張のあまり給食に手をつけられませんでしたが、作戦はマチルダの起こしたある“奇跡”も重なって大成功。そしてついにマチルダは巨悪な大人を追い出し、仲間の子どもたちと理解ある大人たちと一緒に新しい日々を手に入れるのです。高圧的で理不尽な大人もひどい体罰もさようなら!
さて、ラベンダーが食べそびれた給食は、彼女の大好物のベークドビーンズでした。ベークドビーンズは、白インゲン豆をトマトで煮込んだイギリスの定番メニューのひとつです。イギリス旅行をしたことのある人は食べたことがあるかもしれません。よく缶詰で売っていて、好き嫌いの分かれる一品ですが、クラシックなレシピで作る自家製は、おいしいです。給食のようにソーセージと一緒でもおいしいし、トーストと一緒に食べるのもおすすめです。

〔材料〕

(4~5人分)
乾燥白いんげん豆……200g
たまねぎ……1個
ベーコン(ブロック)……100g
にんにく……1片
トマト缶(カットタイプ)……1缶
トマトピュレ……大さじ1
オリーブ油……大さじ2
三温糖……大さじ2
バルサミコビネガー……80㎖
塩……小さじ1/2くらい
こしょう……適量
ローリエ……1枚

〔つくり方〕
  • 豆の準備をする。
    いんげん豆は豆の3~4倍量のきれいなたっぷりの水に6時間程浸してもどしておく。水ごと一緒に鍋に入れて中火にかけ、あくを取りながら弱火にして柔らかくなるまで30分程煮る。煮ている間、豆の表面が出ないように水を足すこと。ボウルで煮汁を受けながら豆をざるにあげ、煮汁は1カップ分とっておく。*この過程が面倒な方は煮豆450g程度で代用しても大丈夫
  • 材料を切る。
    たまねぎとベーコンはそれぞれ1㎝弱の角切りにする。にんにくはみじん切りにする。
  • 炒める。
    鍋にオリーブ油とにんにくを入れて弱火にかけ、香りが出るまで炒める。たまねぎとベーコン、ローリエも加えて中火で5分程炒めたら、白いんげん豆を加えひと混ぜする。
  • 煮込む。
    ❸にトマト缶、トマトピュレ、三温糖と❶の煮汁を加えてざっと混ぜ、ひと煮立ちしたらビネガーと塩を加えて弱火で30分強煮込む。味見して塩で味を調えたらできあがり。

ベーコンの塩気は、ものによって強かったり弱かったりするので、最後の塩の量は味をみながら調整します。ビネガーは赤ワインビネガーでもOKです。

『マチルダは小さな大天才』
ロアルド・ダール作、クエンティン・ブレイク絵、宮下嶺夫訳(評論者)
詐欺まがいの商売をしているお父さん、ビンゴに夢中のお母さんは、1歳半で滑らかに喋り、3歳で文字を読み、4歳で一人で図書館に行って世界の文学作品を読みふけるマチルダの才能に、ちっとも気付いておらず、むしろうとましがりやっかいもの扱い。マチルダはそんなふうに自分を扱う両親に対して静かに怒り、冷静に復讐を計画する——ユーモアたっぷりに怖がらせたり、困らせたり。学校に上がるとマチルダの才能を理解してくれる担任、ミス・ハニーが現れる一方で、人々を恐慌に陥れる校長のミス・トランチブルも登場。実はこのミス・トランチブルの正体は……。マチルダや子どもたちはひどい大人たちにどうやって勝利するのか!? 著者、ロアルド・ダールのブラックユーモアと、学校教育や子どもに対する大人の高圧的な態度への批判が散りばめられた物語は、子どもたちに面白おかしく胸のスッとする読後感を届けている。

子どもの文学のなかに登場する(あるいは登場しそうな)おいしそうな食べ物を、読んで作って紹介している連載「おいしいおはなし」。第40回までの連載をまとめた単行本『おいしいおはなし』(グラフィック社)は、全国書店または各オンライン書店にて発売中。

文と料理:本とごちそう研究室(やまさききよえ・川瀬佐千子) 
写真:加藤新作
スタイリング:荻野玲子