自由に飛び回る家
建築家のポリーヌ・ボルジアが家族と暮らすパリのアパルトマンは、ユニークで変幻自在。部屋ごとの境界を曖昧にすることで、家族が刺激し合える自由な空間が誕生した。
内へ外へ広がる、仕切りのない空間
本誌の目的が現代の子育てを提唱することならば、このページを飾るのにこれほどぴったりな人物はいないだろう。建築家のポリーヌは、数ヶ月ほど前からパートナーのニコラ、2歳半の息子アンドレとともに、彼女が子ども時代を過ごしたセーヌ川左岸エリアのアパルトマンに暮らしている。実は取材の翌日、彼女は第二子を出産。家族に新しい一員が加わった。人生の大切なイベントの前日に案内してくれたくつろぎに満ちた新居は、1960年代半ばに建てられた高級マンションの一室。8階のその部屋からは、パリらしい美しい街並みと空のパノラマが広がっていた。

その空間に一歩足を踏み入れると、どこか浮遊しているような感覚に陥る。全長12mにわたって連なる窓が外の世界へと誘っているのだ。その日は紺碧の空とはいえなかったが、床から天井まで広がるさまざまなニュアンスのスカイブルーが外界と見事に溶け合い、ハーモニーを奏でていた。
「工事中の現場を訪れるたびに、雲の上を進む飛行船に乗っているような印象を受けました。そこからスカイブルーを基調にした室内を思い描いたんです」
とポリーヌ。壁、カーペット、長椅子、天井にいたるまで水彩画のようなトーンが続くことで、空間が一体となり、内と外の境界を曖昧にしている。
かつて眼科医院の診察室だったこの部屋は、彼女のアイデアと願望を実現するには絶好の場所だった。物件探しにおいて、1960 年代のコンクリート構造の建物であることが最優先だったからだ。
「この建物の特徴は、支えとなる壁を必要としないこと。好みに合わせて自由に空間を変えることができます」
巡り合ったこの場所で、オープンな空間作りが始まった。仕切りを取り払うアイデアは、これまでの生活スタイルから生まれたものだ。
「家の中のドアはいつも開けっ放しでした。私たちはお互いの気配を常に近くに感じていたいんです。そこから『ドアをすべて取り払ったら?』という発想にいたりました」
広さ69㎡のアパルトマンは、まるで大きなワンルームのようだ。キッチン、ダイニング、リビング、書斎、夫婦のベッドスペースがすべて収まり、バスルームを除けば、扉があるのは息子アンドレの部屋だけ。その大きな引き戸を開くと奥行きが増し、空間がさらなる広がりを見せる。しかも、その戸が閉められるのは夜間のみだという。
子ども部屋の向かいには、分厚いカーテンで仕切ることが可能なポリーヌとニコラのベッドスペースがある。
「長さ14mのボリューム感のあるプリーツカーテンがまるで繭のように心地よく包み込み、船の操舵室にいるような気分になれます」
このぬくもりに満ちた一角はポリーヌのお気に入りだという。さらに、ヘッドボードの代わりとなる作りつけの本棚や色づけされたオーク材の仕切り板がやわらかさを加えている。

家族の人生の一コマを切り取ったような家
70年代のテイストに統一された室内には、空間を区切るさまざまな工夫が凝らされている。部屋の中心にある長椅子の背もたれが低い間仕切りとなり、片方はキッチンとの境界を、もう片方は、ダイニングとリビングの境界を作りだす。床はタイル貼りとカーペットの部分があり、自由な行き来を妨げることなく、視覚的調和を保ったまま空間を分けることに成功している。各所に散りばめられた壁の大きな木のパネルと収納棚は、そ
れぞれの役割を果たしつつ、視線を奥に誘導する狙いもある。また、ポリーヌとニコラのベッドスペースにつながる2段の階段は、空間の区切りを暗に示しながら、リビングに設けられたベンチとして座ることもできる。
「オープンな空間だと、家の中のどこにいても同じような感覚に陥るかもしれません。でもこのアパルトマンのように、すべての要素が響き合い、反射し合えば、それぞれにゾーンが生まれ、その一方で、より大きな部屋として感じることもできるんです」

家族の暮らしがひとつの空間に収まるように、あらゆるものが最適な場所に配置されている。長椅子の下には、靴べらなどのちょっとしたアイテムも収納できるスペースがあり、キッチンは機能的なステンレス製、窓の下に設けられたエレガントな収納棚が温かみをプラスする。家具といえるものは、ダイニングテーブル、ソファテーブル、ベッドのみ。収納はすべて備えつけだ。
部屋の背後にはランドリースペースとドレッシングルームを配備。その場所に一時的に第二子のベビーベッドを置き、将来的には現在の息子の部
屋が子どもたち2人の部屋になるという。
「この設計がどの家族にも当てはまるとは思っていません。うちの子どもたちがプライベートなスペースを必要とするのはもっと後のこと。このアパルトマンはそんな人生の一コマを切り取ったものなんです」

室内を彩るのは愛着のあるオブジェたちだ。ポリーヌの祖母が愛用していたランプと小さな椅子、ニコラの両親から贈られたギリシャの画家アレコス・ファシアノスのリトグラフ、ウズベキスタンの職人技が光るスザニと呼ばれる刺繍のタペストリーが飾られている。子ども部屋にはババールのリネンセットといった息子の思い出の品が並び、90年代のヴィンテージのカーテンが、オレンジ色のカルテルのチェアと相まってレトロ感を醸しだす。壁には息子が自由に描いた絵が飾られ、蚤の市で見つけた大きな色鉛筆のついた棚、カーテンの柄とも呼応する飛行機のウォールライトなど、子ども部屋らしいアイテムがプレイフルな雰囲気を演出。
飛行機、船、飛行船……、この独創的なアパルトマンは大いなる世界に果敢に漕ぎだそうとしているのだ。

Photograph: Oliver Fritze
Text: Sarah Berger
Translation: Kumi Hoshika
