A Sense of Wonder「多様性と出会う時」
子どもの世界は、驚きや不思議にあふれています。日々、子どもたちはそれらの扉をひとつひとつ開け、自分なりの解を得ながら成長していきます。その扉を子どもはどんなふうに見つけ、また開けるのか? その時、大人はどう寄り添う? 今回は子どもたちに知ってほしい「多様性」のあり方。映画や演劇の字幕や音声ガイドの制作に取り組む会社の代表を務める山上庄子さんに、お仕事のことと、多様な視点を育むことの大切さについて綴っていただきました。
「Palabra(パラブラ)」は、スペイン語で“言葉”を意味します。私が代表を務めるPalabra 株式会社は、バリアフリー字幕や音声ガイドの制作を中心に活動しています。映画や演劇などの文化芸術を「本当の意味で開かれたものにしたい」という思いからこの名をつけました。
バリアフリー字幕は主に、聞こえない・聞こえにくい方も安心して作品を楽しむための字幕です。セリフだけではなく、話者名や効果音、音楽など、音に関する情報を文字で表現します。一方、音声ガイドは見えない、見えにくい方に向けて、音声だけでは伝わりにくい情景や人物の動きを言葉にして、ナレーションとして伝えるものです。
映画や演劇の魅力とは、100 人が同じ作品を観ても、それぞれ違った感想が出てくるところ。私たちの仕事は、映画などの作品を“分かりやすく”するためのものではなく、視覚や聴覚に障害のある当事者が他の観客と同じように作品を楽しみ、自由に感想を話せるような場所作りを目指しています。
私は両親が映画の仕事をしていた影響もあり、昔から映画が大好きで、学生時代には映画館でアルバイトをしていたほど。私にとって、映画鑑賞は言葉の通り“生活の一部”であり、なくてはならない存在です。
——映画鑑賞が誰にとっても当たり前のこととして、観客を選ばないものであってほしい̶
そんな思いを具現化する形で、バリアフリー字幕や音声ガイド制作の仕事を続けています。バリアフリー字幕や音声ガイドのユーザーを知っていくと同時に、作品を読み込んでいく力が必要である私たちの仕事は、やればやるほど奥が深いと感じます。そして作品の製作者側の意図を確認していくと、ガイドの内容が演出と切り離せないものであることや、文化芸術のバリアフリーへの取り組みは、「障害者のための特別な対応」ではなく、どこまでも作品製作の延長線上にあるものだと気づかされます。
本来、作品の作り手は、「一人でも多くの人に作品を届けたい」という思いを持っている人が多いはずです。観客にはさまざまな人がいるということを想像し、作り手が「線引きしない」「障害のある人を無視しない」ということは、結果として作品が届く範囲を広げることになると思うのです。
障害には「医学モデル」と「社会モデル」という2つの捉え方があります。医学モデルは「障害は個人の心身機能が原因である」という考え方。これは、障害を解消するためにはリハビリなど個人の努力や訓練が必要で、それが医療・福祉の領域の問題と考えるものです。もう一方の社会モデルは「障害がないことを前提に作られた社会の側に原因がある」と捉えるものです。これは、障害を解消するにはマジョリティの都合で作られている社会や組織の仕組み、文化や習慣などを変える必要があるという考え方です。現在は日本でも、この社会モデルの考え方が浸透してきています。
そもそも障害だけではなく、社会には国籍や性別も含めて多様な人がいるのは、ごく当たり前のこと。社会を構成する人たちが多様であることに気づくと、おのずと世の中のサービスや社会のあり方も、そのことを前提として考えられることが当たり前だと感じるようになります。
私にとってそれは映画でしたが、これからの社会を担う子どもたちが将来どんな職業に就くことになっても、きっと同じことが言えるはず。昨今では、障害や国籍、宗教、性別などさまざまな違いのある子どもたちが同じ場でともに学ぶ「インクルーシブ教育」という取り組みがあります。学校や地域で多様な人たちと接点を持ち、同じ時間を過ごすことで、自分の当たり前が他の人にとってはそうでないことに気づきます。そうやって日常の延長線上で一人でも多くの子どもたちが、もちろん大人も、多様な視点を知り、育むことが、豊かな社会に一歩近づくことになるのではないかと思います。
山上庄子
神奈川県生まれ。中学生の時から山形県・高畠に通って農業
に親しみ、東京農業大学に進学。卒業後、沖縄でマングローブ
の研究員として7年活動する。2011年に東京へ移り、映画・
映像のバリアフリー化に取り組むPalabra株式会社の立ち
上げに携わる。字幕制作などを担当後、2017年から代表を務
める。近年は演劇やイベントなどのバリアフリーコーディ
ネート、UDCastサービスの運営など、幅広く取り組んでい
る。「令和2年度バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進
功労者表彰」にて内閣府特命担当大臣表彰優良賞受賞。
2021年「第7回糸賀一雄記念未来賞」受賞。 palabra-i.co.jp