おいしいおはなし第58回『長くつ下のピッピ』ピッピが腕をふるったピクニックのパンケーキ

左右違う色の長くつ下と大きな靴を履いてしっかりと地面を踏みしめ、サルを抱えたおさげの女の子。そこには赤いタグが添えられ「世界一つよい女の子」という言葉。かっこいい! ピッピとの初対面の印象はこの表紙で決まりました。

ちゃんと学校へ行ってお行儀良く過ごしちょっと退屈な日々を送るトミーとアンニカが住む家の隣の「ごたごた荘」に、ある日やってきて暮らし始めたピッピ。その自由奔放な行動は、彼らとそして読む子どもたちをあっという間に夢中にさせます。ピッピは馬を平気で持ち上げてしまうほどの力持ちで、町の不良の男の子たちが小さな男の子をいじめているのに遭遇すると《どうも、あんたは、レディーに対するお作法をよく知らないみたいね。》(P.47) と一網打尽。サーカスを見にいっては、サーカス団顔負けの曲芸を披露して、観客を大いに沸かせます。

その破天荒な振る舞いは時に大人の眉をしかめさせますが、ピッピが勇敢でやさしい女の子だということはやがて大人たちにも伝わります。だから、トミーとアンニカのお母さんが二人に「あの子と遊んではいけません」なんてことを言うことは決してありません。むしろ、トミーとアンニカがピッピと旅に出ることになって近所の奥様方が心配しても、きっぱりとこう言います。《わたしはピッピのこともずっとみていますけれど、あの子が、トミーとアンニカにわるいことをしたことは、これまで、いっぺんもありません。あの子ほど、うちの子にやさしくしてくれるものはいませんわ。》(『ピッピ 南の島へ』P.111)

ピッピは決して力自慢をしたり、人気者になりたくて行動しているわけではないのです。ごく当たり前に、自分が楽しんだりみんなを喜ばせたりしているだけ。トミーとアンニカが、そしてみんなが笑顔になることが、ピッピには何よりうれしいのです。
実は、船乗りのお父さんが波にさらわれて行方不明になってしまい、一人ごたごた荘で暮らしながらその帰りを信じて待っているピッピ。読んでいると時折そのさみしさも感じられます。ピッピと毎日を過ごすようになって《ピッピがくるまえは、なにしてあそんでたんただか、ぼく、それだっておもいだせないよ》(P.72)と言うトミーとアンニカですが、実はピッピにとっても二人と過ごす時間は失いたくない大切なものなのだと分かります。それはピッピの誕生日パーティに出席したトミーとアンニカがお父さんに連れられて自分の家に帰る時のこと。夜の玄関で一人見送るピッピは、二人の背中に向かって叫ぶのです。
《わたし、大きくなったら、海賊になるわ!》 《あんたたちも、海賊になる?》(P.257)

さて、今回はそんな3人の日々のおはなしから、お料理上手のピッピが用意したピクニックのパンケーキをご紹介。パンケーキというとふわふわの生地を思い浮かべるかもしれませんが、ピッピの暮らすスウェーデンのパンケーキはクレープのように薄いもの。焼きたてももちろんですが、冷めてからでももちもちでおいしいのでピクニックのお弁当にはぴったり。お砂糖やジャムをかけて食べてもいいし、ソーセージやハムを包んでもおいしい。たくさん焼いてお友達と一緒に好きな食べ方で召し上がれ。

〔材料〕

(直径18cmくらい10枚分)
薄力粉......120g
牛乳......400mℓ
卵......2 個
砂糖 ...... 小さじ 2
塩......少々
バター......適量
ハム、ソーセージ、ジャムなど......お好みで

〔つくり方〕
  • 生地をつくる。ボウルに卵を割り、泡立て器でほぐし、牛乳を1/4量程度入れてよく混ぜる。砂糖、塩も加え、薄力粉をふるいながら入れてなめらかになるまで混ぜたら、残りの牛乳も少しずつ加え、生地が均一になるようによく混ぜる。
  • 生地を焼く。フライパンを弱めの中火にかけ、バターを溶かし全体になじませる。❶をおたま1杯強流し入れ、フライパンをくるりと回しながら、丸く薄く広げる。表面が乾いたら裏返して焼き色がつくまで焼き、お皿に取る。同様に、毎度バターをフライパンに溶かし、残りの生地も焼き上げる。
  • 生地が全部焼けたらお皿に盛り、ハム、ソーセージやジャムなどお好みの具材をのせて、巻いたり折りたたんだり。砂糖をふりかけてレモンをぎゅっとしぼって食べるのもおすすめ。

パンケーキ生地は時間を置くと小麦粉が下に沈むので、焼く前に下からざっと混ぜてからフライパンに流し入れましょう。

『長くつ下のピッピ』
アストリッド・リンドグレーン 作、大塚勇三 訳(岩波書店)
波にさらわれたお父さんを待つため、サルのニルソン氏を抱 えて金貨のいっぱい入ったトランクひとつを持ってごたごた荘に引っ越してきた少女、ピッピ。隣に住んでいたのはトミーとアンニカ。へんてこりんな格好をしているけれど力持ちで新しい遊びを発明する天才のピッピの登場で、二人の毎日はワクワクに満ちたものに。ピッピの天真爛漫さと勇敢さは、やがて大人たちをも魅了していく。

子どもの文学のなかに登場する(あるいは登場しそうな)おいしそうな食べ物を、読んで作って紹介している連載「おいしいおはなし」。第40回までの連載をまとめた単行本『おいしいおはなし』(グラフィック社)は、全国書店または各オンライン書店にて発売中。

文と料理:本とごちそう研究室(川瀬佐千子・やまさききよえ) 
写真:加藤新作
スタイリング:荻野玲子