Lifestyle magazine
for modern family

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DATE 2018.12.28

第22回:長島有里枝より
家事も子育ても仕事も、性別でむやみに役割分担しない。

女性は子どもを産むとみんな「はは」になる。当たり前のことだけど、みんなそれをどう受け入れ、日常を送り、自分の生き方を新たに手にするのでしょうか。この連載では、クリエイターとして活躍する二人の「はは」と「ハハ」に手紙をやりとりしていただきます。それぞれの悩みや愚痴、ときに葛藤、あるいは日々の喜びから、あなたや私の「はは」としての生き方のヒントがみつかるかもしれません。

長島有里枝さんから山野・アンダーソン・陽子さんへ。

 

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陽子さん

 

先日は上井草まで来てくれてありがとう。その後、日本を満喫していますか?

一緒に展示を回りましょう、とは言ったものの、自分の作品を友達と観るのは照れ臭く、息子さんがプレイルームでわたしと遊んで待ってる、と言ってくれたのには内心、ホッとしました。

 

久しぶりに小さい男の子と本気で遊べて楽しかったです。誕生日に一緒にお風呂に入った茄子の子と、そのお父さんにも紹介してもらえたし。プレイルームに置いてあったぬいぐるみになりきって遊んでいるうち、息子が小さかったときの感覚が蘇ってきました。とはいえ、息子とはほとんど遊んであげられなかった気がします。毎日、家事と仕事に追われてクタクタで、お喋り好きな息子の話を聞いてあげることさえきついと思うこともあったなぁ……。お二人と別れたあと、次の日曜日、晴れたら近所の公園で息子と犬とバドミントンしよう、と心に決めて帰りました。でも結局、その週はできなくて、お正月に先延ばしです……。

 

スウェーデンならデートのために子供を預けることも難しくないだろう、と思ってはいましたが、多くの人が日本と同じように家族に預けるというのは意外でした。確かに、お友達には預かってもらうのに、向こうからは頼まれないとなると次がお願いしづらいですね。でももし、それでも「いいよ」と相手が言ってくれるなら、甘えてしまっていいのでは。そういうのって、必ずしもおあいこじゃないことが多いですよ。

 

わたしも両親や弟の協力をあてにして、妊娠中に実家の近くへ引っ越しました。でも、いざ生まれると、仕事でも預ける回数が増えると肩身が狭くって。母も、疲れてくると「自分が産んだんだから自分で育てるのが当たり前」と言ったりするので、次第に頼りづらくなりました。幸い、わたしとは遊んでもくれなかった父が献身的に手伝ってくれたのと、保育園の先生や地域の子育て支援事業の人、同じ園の親御さん、友人、仕事相手など、あらゆる人の理解と手助けがあったので、なんとかやってこれた感じ。そのお礼、ってやっぱり十分できてはいないと思うんだけど、むかし誰かに「してもらったことへの感謝は、別の人を助けることで返せばいい」と言われたことがあります。だから、恩返しとして、自分も誰かの子育てを少しでも助けたい、といつも思っています。そういう考え方、スウェーデンではしませんか?

 

「デートも大切だけど、一人になる時間も大切」っていう陽子さんの言葉にハッとしました。親になってから、新しい恋をするとか、まして自分の時間を確保するなんてこと無理、って思っていたな、って。生産性のある理由がなかったら子供を人様に預けてはいけない、という圧力を生活の端々に感じるし、理由があって預けるときでさえ申し訳ない気持ちで、その時間を使うことを社会に強いられていると感じます。「ダラっと一人で家にいたい」という、昔は確かにあった欲求も、封印して生きてきたのかもしれません。当然、わたしの生活からそういう時間はなくなって久しく、なにもしてなくても罪悪感を覚えないのは眠っているときだけ。子供がいないときは、ゴロゴロしながらテレビを見ることにものすごい時間を浪費していたなぁ。親になってからは、テレビを見るのも命を削る覚悟(睡眠時間が減るから)でした。もう長いこと、仕事の息抜きとして洗濯ものを畳み、アイロンをかけているし。家事は仕事の息抜き、仕事は家事の息抜きなんて、怖いよね!

 

暇だなぁと部屋の片付けを始めたら止まらなくて、明け方「わー、やっちゃった……」と思ったりしたい。いまのパートナーを得てからは、自分のやりたい仕事をする時間も持てるようになったけれど、ただぼんやりと過ごしたり、友達と喋っていたら帰宅が遅くなった、みたいなことはやっぱりできない。彼氏も作家だから、よく「一人になる時間が欲しい」と言われるんだけど、最初はそれも「わたしたちから逃げるために?」と本気で思っていました。子供がいたらそんなこと言ってられない、大人になってよ、って。それから数年かけて、彼が子育てや家事を十分サポートしてくれるようになり、いまの自分が「幸せ」だと思えるようになってようやく、彼が週に二晩アトリエに泊まって「一人の自由」を満喫してくるのを、快く送り出せるようになりました。それでもまだ、キッチンで仕事をしているわたしに一人になれる場所はないですけれど。

 

陽子さんの質問、さっきまで彼と話し合っていたんだけれど結局、画期的な答えにたどり着くことはできませんでした。家庭への関心が薄い夫が傍若無人に振舞う環境で育つ子どもが、それを夫婦のスタンダードだと思って成長するのは切ないですよね。わたしの友人にも、尊敬を欠いた夫の言動に辛い思いをしている人は結構いて、彼女たちの話をもどかしく聞くことがあります。親は家庭の問題を隠しているつもりでも子供には伝わっていて、彼ら自身の人生でそれへのリアクションを取っている場合には、(自分もそうだったので)何もできないことが悔しい。

 

わたしならそんな夫とは子供のためにも離婚する、でも「自分が我慢すればいい」と思う人のほうが多いんだと思います。経済力とか本人の気質とか、いろんな事情があるだろうけど、もう大人だから好きにすればいい。問題は子供です。理想は、義務教育の場で性差別についてきちんと教えることなんだけれど、日本にはそんなカリキュラムがないし、いつ導入されるのかもわからない。だから、少なくとも自分が関わることになった若者には考えを伝え、もし何か相談されたら励ますようにしています。親と自分を切り離して考えることと、育った環境を「そういうものだ」と一般化しないこと。陽子さんも言っていたけれど、自力でできる最低限の自分の世話を、自分でみられる人になるということ。男も女も、関係なく。家事も子育ても仕事も、それぞれに自分の領域を持って、性別でむやみに役割分担しない。いま世界はこのままじゃいけないという方向に変わっているのだから、新しいやり方に対応できる力を備えた人間が育てばきっと、状況は変わると楽観視しています。

 

往復書簡は終わるけれど、陽子さんとはまだまだ話し足りない!

続きはそのうちに。スウェーデンにも必ず遊びに行くので、おうちに泊めてください。

まずは、ご家族と良いお年をお迎えくださいね。

それでは、また!

 

有里枝

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長島有里枝さんと山野・アンダーソン・陽子さんの往復書簡は今回で終了いたします。次回は2月より再開いたします。引き続き「ははとハハの往復書簡」をよろしくお願い申し上げます。