Lifestyle magazine
for modern family

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DATE 2018.08.24

第14回:長島有里枝より
上野の寄席で待ち合わせ。息子に教えてもらう新しい世界。

女性は子どもを産むとみんな「はは」になる。当たり前のことだけど、みんなそれをどう受け入れ、日常を送り、自分の生き方を新たに手にするのでしょうか。この連載では、クリエイターとして活躍する二人の「はは」と「ハハ」に手紙をやりとりしていただきます。それぞれの悩みや愚痴、ときに葛藤、あるいは日々の喜びから、あなたや私の「はは」としての生き方のヒントがみつかるかもしれません。

長島有里枝さんから山野・アンダーソン・陽子さんへ。

 

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陽子さん

 

こんばんは。

もう夜の10時過ぎですが、陽子さんに手紙を書きます。

なんていったって、夏休みですから! 一年でこの時期だけは、学生の頃みたいに夜更かしできるんです(論理的には)。いっとき、朝5時に寝て、夕方5時から遊びに出かける暮らしをしていて、それはそれは楽しかったな。そろそろ息子があの頃の自分と同じ年頃だなんて、信じられないです。10代の終わりなんて、ついこのあいだのことのように感じますが、鏡を見るたび、もう若くないことを思い出します。逆に言うと、鏡を見なければ気持ちはあのときのまま、あまり変わらない気もします。それってちょっと危険かしら。

 

このあいだのお手紙にはすぐ返事をもらったので、少し興奮気味に、嬉しく読みました。そのあと、7月は忙しく過ぎてしまったので、お手紙をもう一度読みしました。伺いたいことがまた増えたので、冬にお目にかかったら直接聞きます。私が考えあぐねていた子育ての“ポストモダン風”価値観について、「自己満足」っていう答えがすごく素晴らしくて、にやにやしてしまいました。

 

 

スウェーデンも暑くて、バーベキュー火災なんていうのが起こっているのね。日本も今年は、最高気温が40度近くまで上がるなんてしょっちゅうでしたけれど。それほど火災がないというのはそうか、湿度のおかげなのですね! 暑くてもさらっとしているヨーロッパやカリフォルニアを羨みがちでしたが、こっちとは別の大変さがありますね。先週末はぐっと秋めいたなと思いきや、台風がくるとかでまた蒸し暑さがぶり返しています。なんにしろ、夏バテなのか外に出る気が起こらないです。Tシャツとパンツでヨガマットの上にゴロゴロしているのが一番幸せです。

 

そちらもきっと、夏休みですよね。どんな風に過ごされていますか? わたしにとっての夏休みは、息子とゆっくり過ごせる貴重な期間でもあります。というのも、大人だけじゃなく、日本の高校生がかなり忙しいのです。朝早く出掛けて帰りは遅く、食事してシャワーを浴びたら寝る時間。わずかな自由時間も、自室でヘッドフォンをして過ごしたりするので、親と話すどころか、呼んでも返事すらなかったりします(聞こえてないだけ)。でも、いまは夏休み。息子もいつもよりのんびり起きて、出かけたり部屋に閉じこもったり、そしてちょっとだけ夜更かししてからベッドに入る。夏休みがないわたしは起きたら階下の仕事場で働きますが、お昼だのおやつだのでキッチンに降りてくる息子に合わせて、休憩したりおしゃべりしたりというペースになります。仕事が捗らなくてイライラすることもあるけれど、1歳からずっと保育園に預け、学童保育に預け、実家に預けて仕事をしてきたなかで、夏休みだけが息子とゆっくり向き合う時間なんですよね。これがなかったら、ほとんどの楽しい思い出もなかったことに。

 

大学進学を考える子にとって、高2の夏は、受験の準備をしなきゃ、と自他共に考え始める時期のようです。いっぽうで、部活ができる最後の夏でもあります。息子も、今年は楽しみたい、という気持ちと、そろそろちゃんとしなきゃ、という気持ちがない交ぜの様子。親子で逡巡しているうちに、特に出かける計画も立てないまま夏休みが過ぎました。それぞれに予定はあっても、親子ではほとんど何もできなかった夏でした。

 

それでも先週、二人で上野の鈴本演芸場に、落語を聞きに行ってきました。息子は小さい頃から落語好きで、文化祭では毎年、自分も高座に立ちます。わたしは詳しくないですが、鉄道とおなじく、息子につきあうかたちでときどき聞きにいきます。陽子さん、寄席って行ったことありますか? 結構早い時間から始まって、4時間とか5時間とか、いろいろな人が交互に高座に立つんです。息子曰く、出入りは自由らしくで、仕事が終わらなかったわたしはちょっと遅れて行きました。子どもと待ち合わせって、まだ想像がつかないでしょうか。いまはSNSがあるから気楽だし、成長を感じて嬉しいです。

道に迷ったあとようやく演芸場に着くと、息子はもう席に着いていました。離れた席だったので休憩中に声をかけに行ったら、ちゃっかり幕の内弁当と豆菓子を買っていました。すっかり通ぶっているのが可愛くて、笑っちゃいそうでした。その日のお目当ては、真打ちの柳家権太楼師匠でした。高座からの距離が近い、小さな演芸場の席で、名人と呼ばれている人たち(他の方たちもすごかった!)の噺を聞いてすっかり興奮し、圧倒されてしまいました。いやぁ、あの場で通っぽく振る舞いたいのはわかる気がします!

息子から新しい世界を教わる日がくるなんて想像もしていませんでしたけれど、これからはきっとこういうことが増えていくんだろうな。誇らしいような、でもちょっと寂しいような気持ちになりましたよ。

 

道に迷っているとき、演芸場の近くが焼肉屋だらけだったので、彼がこの夏ずっと行きたがっていたのを思い出し、帰りに焼肉を食べました。お弁当を食べてもまだ肉が食べられるなんてすごいですよね。めったに行かないので、親子で緊張しながらお店に入り、予算をこそこそ相談しつつ、それでもいろいろ食べました。ほんとにちょっとしたお出かけだったけれど、いっぱい喋って楽しい夜でした。

 

その翌日は終戦記念日だったんです。大きくなって、頼もしくさえ思うけれど、まだまだ幼さの残る息子がもし戦争に、と考えただけで言い知れない気持ちがこみ上げます。戦争で子供を失ったお母さんの気持ちを思うとやりきれない。夏は毎年、戦争についても考えます。つまらない日常を守るためにやれることをやらなきゃ、という決心を新たにする季節です。

 

長島有里枝

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次回更新は9/14(金)の予定です。ガラス作家の山野・アンダーソン・陽子さんからのお返事です。