おいしいおはなし 第36回『秘密の花園』庭仕事の合間に食べるまん丸ぶどうパン

 〈メリー・レノックスが、おじさまに引き取られてミセルスウェイト屋敷に来て住むようになったとき、こんなみっともない子どもは見たことがない、とみんなはいいました。それはたしかに本当でした〉(1頁)と、いきなりあんまりな紹介のされ方ですが、実際、『秘密の花園』の主人公のメリー・レノックスは、インドからイギリスのおじさんの家にやって来た当初、やせこけていて顔色の悪い、高慢ちきなお嬢さまでした。
 だから物語の初めのころ、登場人物はしょっちゅう「むっ」としています。世間知らずのメリーの高飛車な物言いに、庭師のベンや使用人のマーサは「むっ」とし、一方のメリーも、田舎者のベンやマーサのぶしつけな物言いに「むっ」。そんな小さなぶつかり合いの中で、大人たちはメリーのことを少しずつ理解し、メリーは心を開いていきます。
 メリーに影響を与えるのは、人間だけではありません。お屋敷を囲むヨークシャー地方の自然も、このおはなしの大切な登場人物であり、メリーの大切な友だちになります。庭で出会ったコマドリがメリーを気に入り、メリーがコマドリを人間みたいに感じるように、庭の植物たちも、そして空や風や光も、それぞれが語りかけ、メリーを変えていきます。

群がり生えている植物の根からは芽や茎がめざましい勢いでのび出ていました。クロッカスの茎の間には、開きかけている黄や紫の花がちらちら見えます。半年前のメリーだったら、世界がこんなに生き生きと目をさましかけているのに気がつかなかったことでしょう。でも今のメリーは何ひとつ見逃しはしませんでした。
(235~236頁)

 巡る季節に初めて出会い、心奪われるメリー。彼女は、お屋敷の一角に見つけた秘密の花園で植物を育てながら、その美しさや力強さに励まされていきます。読みながら私たちも、忘れられていた庭が息を吹き返し、生き生きと草花が育っていく様子にワクワクさせられます。悲しい思いやつらい思いをした人々を、自然が癒すことができるのは、こんなふうに春が来るたびに彩り豊かによみがえり、生きる歓びを教えてくれるからではないでしょうか。

 閉ざされていた心の扉が開き、自然の生きる力や美しさに触れるようになると、お腹が空くようになるのも本当のこと。何も食べたくなかったし、何もおいしいと思えなかったメリーも、外で過ごすようになってしばらくしたある朝〈おなかがすくというのはこういうことなのだな、と思いました〉(67頁)と食欲に目覚めます。お腹が空くようになれば、もう大丈夫。
 そして、お屋敷にずっと引きこもって心を閉ざしていたもうひとりの子どものコリンも、メリーと地元の少年ディッコンの子どもらしい生命力に感化され、庭の植物を育てながら、生きる力を取り戻していきます。
 そうやって秘密の花園で庭仕事に励む子どもたちに、ディッコンのおかあさんが差し入れしてくれたのが、焼きたてのぶどうパンです。この差し入れにメリーとコリンは大喜び。外で元気に庭仕事していることがバレないように、ふたりはお屋敷で、お代わりを我慢して食欲のないふりをしていたのです!
 物語の冒頭、メリーの姿は灰色の風が吹きすさぶ荒野の景色の中にありました。しかし読み進むにつれ、本の中には次第に青空が広がり、暖かな日が射してくるのが感じられます。そして最後には、ページいっぱいに色彩が広がり、弾ける笑顔にあふれた風景に、読む人はたどり着くことができるはずです。

〔材料〕

(直径約10㎝のパン6個分)
強力粉 300g
レーズン 80g
牛乳 100㎖
ドライイースト 小さじ1と1/2
卵 2個
オリーブオイル 大さじ2
塩 小さじ1
砂糖 大さじ3

下準備
・卵は常温に戻しておく。

〔つくり方〕
  • 牛乳は45℃程度に温め、砂糖ひとつまみ(分量外)とドライイーストを加えて優しく混ぜ、10分ほど置く。
  • 大きめのボウルに卵、オリーブオイル、塩、砂糖を入れ、泡立て器でよく混ぜる。強力粉1/3量を加えてなめらかになるまですり混ぜる。さらに❶を加えて全体に馴染むまで1分ほど混ぜたら、20分ほど暖かい場所に置く。
  • ❷に残りの強力粉とレーズンを加えて木ベラで混ぜる。ベタついて作業しにくいようなら、強力粉を大さじ1(分量外)加える。生地がボウルにつかなくなってきたらまとめて、ボウルにふんわりラップを被せ、暖かい場所で1時間ほど発酵させる。
  • 生地が2~2.5倍程度に膨らんだら、打ち粉少々(分量外)をした台の上に出し、カードまたは包丁で生地を6等分する。オリーブオイル少々(分量外)を手につけ、切り口を1か所にまとめるようにして閉じる。閉じ目を下にして、オーブン用シートを敷いた天板に間隔を空けて並べる。ふんわりラップを被せ、30分ほど発酵させる。
  • 発酵の終わり時間に合わせ、オーブンを180℃に温める。生地に被せたラップをはがして、天板を温めたオーブンに入れ、15~20分焼く。まんべんなく焼き色がつき、表面を軽くたたいたときに乾いた音がすれば焼き上がり。

牛乳はイーストを加えて10分程度置くと、プクプク泡立ってきます。泡立たない場合は40℃程度の湯煎にかけて、牛乳を再度温めてみてください。イーストは30℃程度からよく働き、50℃以上になると死んでしまうので気をつけて。

『秘密の花園』
フランシス・ホジソン・バーネット作、猪熊葉子訳、堀内誠一絵(福音館書店)
両親を亡くし、インドからイギリスのヨークシャー地方の伯父の屋敷に引き取られたメリー。屋敷の周りはムーアと呼ばれる荒野が広がり、大きなお屋敷にひとりぼっち。そのうち季節は冬から春へと移り変わり、メリーは使用人のマーサや庭師のベンに教えてもらいながら大自然を楽しむようになっていきます。ある日、お屋敷のふたつの秘密を見つけたメリーは、彼女のやり方で閉ざされていた扉を開きます。ヨークシャー地方は、イギリス北部。冷たい雨と灰色の曇り空の冬が終わると、大地は息を吹き返し、草花に覆われます。そんなドラマチックな大自然は、この作品だけでなく、多くの文学作品、芸術作品にインスピレーションを与えています。

文と料理:本とごちそう研究室(川瀬佐千子・やまさききよえ) 
写真:加藤新作
スタイリング:荻野玲子