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DATE 2019.01.18

“正しい親”じゃなくてもいいじゃない!― よしいちひろ×高原たま×松元絵里子による 「夢みるころを過ぎても」全12回・制作秘話!

連載スタートから1年。よしいちひろ(絵)、高原たま(文章)、松元絵里子(写真)の3人の作者が集まって、ハイスピードで綴ってきたこれまでの12回をコンパクトながらみっちりと振り返ります。

————異なるジャンルの創作物を、リレー形式でつないでひとつの作品に仕立てるスタイルがユニークです。このプロジェクトが始まったきっかけを教えてください

 

よしい:もともと、松元さんとふたりで、何か一緒に作品をつくりたいねと話していて。「まとめ役が必要じゃない?」ということで、(高原)たまさんに声をかけました。

 

高原:四谷のフルーツパーラーで、パフェを食べながら話したっけ。

松元:いちごのパフェを食べてたから、2017年の春頃かな。

 

よしい:テーマを“子ども”にしたのと、リレー形式のスタイルは、たまさんの案。

 

高原:子どもを産んで、よくも悪くも、それぞれに生活がすごく変わったから。作品のスタイルは、恐れ多くも、イラストレーターの安西水丸さんと和田誠さんが交互にテーマを出しておふたりで作品を描き合って毎年展示をされていらしたやり方をヒントにしました。

 

————「お題:01」は、松元さんが提案された「散歩」です。このお題はどうやって決められましたか

 

松元:当時、子どもに延々と散歩させられていたから(笑)

 

よしい:お題を受けて、まず自分か子どもかどちらを描くかすごく悩んで、けっきょく自分のことを描いた。子どもと散歩をしていているときに、藤の葉っぱを見つけて、ビロードみたいで肌触りがよくて、色もきれいだなあって。そこから想像を膨らませて描いたのがこの一枚です。

 

高原:私は産後、毎日毎日授乳のしやすい同じ白いシャツを着ていて、おぼっちゃまくんみたいに一年中これを着ていればいいと思ってたの。だけど、よしいさんのこの絵をみて、久しぶりに“自分のためのお洒落”に対する気持ちが覚醒した。それで、自分のための時間について書きました。

 

松元:私は、たまさんの「往生際のわるい生活の中にもきっとたのしみはあるだろう」という文章にハッとして。子どもとの散歩の途中に花束をつくる自分に、「なんかほっこりしてイヤだな」と反発する一方で、「せっかくなら幸せや楽しい時間を探していこう」という気持ちにもなった。だから、一見すると暗いけど、一筋の明るさを感じさせる写真を撮りました。

よしい:改めて振り返ると、1回目は子どものことがちっとも出てこない(笑)

 

松元:最初のうちは、母親らしくあることへの反骨精神が強かったよね。

 

高原:母親という枠にとらわれてがんじがらめになっている人が、これを読んでちょっと楽になってくれたらという気持ちもあった。おこがましいけど。

 

よしい:「お題:02」を「食卓」にしたのは、子どもが食べることに全く興味がなくて悩んでいた頃で、ふたりの子どもはよく食べるから本当にうらやましくて。

 

松元:この頃は、料理を作ってきれいに盛りつけても、子どもが食べるときは小さく刻むし、いっぱいこぼすし、盛りつけた意味ないなあって。だけど、これも「儀式」だと思えば……という気持ちで、シチュエーションを作り込んで撮りました。

 

よしい:私は、子どもが唯一好きだったぶどうを描いた。食卓のすべてがぶどうだったら、どれだけ彼にとって幸せかなって思いながら。

高原:ちゃんと子どものことを描いてて、1回目とは180度ちがうね(笑)

 

よしい:たしかこの頃は、大人のことを描くか、絵本っぽく子どものことを描くか、イラストの方向性で迷ってて、試してみたんだった。

 

松元:私もリアルを撮るか、作為的に撮るかで迷ってたけど、「お題:03」=「お気に入り」では、娘の姿をリアルに撮ったんだよね。その頃、私の大きな帽子で自分の顔を隠しては出すという名前のない遊びを繰り返していて、やりたいことを本能のままやってみる感覚が、すごく尊いなと思って。

 

よしい:うちの子は、かしゃかしゃしたプラスチックのおもちゃが好きで、親が与えたい木のおもちゃとはかけ離れてるんだけど、そういえば自分もそういうものが欲しかったことを、松元さんの写真をみて思い出した。アニメのヒロインの変身アイテムを親に買ってもらえなくて、アーモンドチョコレートの箱をハート型に切って自作していた日曜日の朝を思い出して、この絵を描きました。

 

高原:よしいさんの絵の「自分だけが大事にしていたもの」という要素を引き継いで書いたのが、母が買ってくれたパジャマについて。「親子だからといって必ずしも考えが一致するわけではない」と初めて自覚したときを思い出して、自分も子どものことをいろいろ考えてはいるけれど、どんどん一致しない瞬間が出てくるんだろうなって想像しながら。

————「お題:04」の「いたずら」では、初めてよしいさんのイラストに子どもの姿が登場しますね

よしい:うちの子どもは全然いたずらをしなくて、それがすごく不安だったんです。この絵は、当時子どもが唯一していたいたずら。

 

高原:私はこのイラストを受けて、子どものいたずらがきっかけではからずも開放される時間ができたことを素直に書いたかな。授乳の時間に縛られて、身軽に出かけることなんてない頃だったから。

 

松元:たまさんの文章の、「今日はゆうゆうと帰宅する次第である」っていう一文がすごく晴れ晴れとして、心に残った。ちょうどこの頃、子どもがいたずらすることが増えてきて、「なんでそんなことするの?」って苛立っても、ゆうゆうと笑える余裕を持ちたいなという気持ちを、写真で表現してみた。

 

高原:この写真好き。コンセプチュアルで、見た瞬間に表現したいことが伝わるし、笑っちゃう。

よしい:全体的にくすっと笑える要素を入れていこうっていう意識は、この写真から影響を受けたんだと思う。

 

松元:私自身もこれを撮ったとき、もうちょっと肩の力を抜いて作品づくりをしたいって意識するようになった。実生活もそうありたいという気持ちもあって。

 

高原:じゃあ、4回目がちょっとした転機になるのかな。

 

松元:「お題:05」の「ライバル」は、けっこう難しかったな。実生活でライバルっていうキーワードに馴染みがなかったし、子どものライバルなのか、自分のライバルなのか、すごく迷った。

 

よしい:えー、私にとっては身近なくらい。基本的に負けず嫌いだから。

 

高原:私は“友だち至上主義”で、恋人や夫よりも友だちを優先してきたから、その友だちとの関係を阻害するものが、私にとってのライバルだなと思ったわけ。タイトルにもなっている「さーさん」のことが好き過ぎて、彼女を奪った能登という土地に嫉妬してた。だけど、能登の存在が私と子どもの煮詰まっていた部分を開放してくれたから、最終的にはライバルとは和解したっていう話。感情むき出しの長文で恥ずかしいけど(笑)

 

よしい:ちなみに私は、たまさんのことがすごく好きだから、これを読んで「さーさん」にジェラシーを感じたよ。

 

高原+松元:えーーー!

 

松元:じつはこの回だけ、以前撮った写真を使っていて、出産後にヘアドネーションをしたときのもの。若い頃、人生で一番辛かったときに髪の毛が禿げてなくなってしまって、あの頃の私がいまの私を支えてくれるんだなって思うから、その時の私がライバルかな。「ちゃんとがんばれ」って言われているようで、この写真を選びました。

 

よしい:松元さんのタイトルが「あの頃のわたしより」だったから、頭のなかで常に自分を見張っている「子どもがいなかったときの私」を描いた。当時の私に「かっこわるい」と思われるような自分にはなりたくないって、出産してから常々思ってる。

 

松元:「お題:06」の「秘密」は、ぜんぜん寝てくれない娘とふたり、手できつねをつくって影絵を楽しんだときの写真。「これも秘密ね」みたいに気持ちをもっていくと、眠れない夜でも楽しくなれるのかなって。

 

よしい:松元さんの写真の密やかな質感を受けて、大好きなアイスクリンを食べた後をイラストにした。子どもが保育園に通いはじめて一人の時間ができた頃で、ネットで欲しい服を検索しながらアイスクリンまで食べてる! っていう幸せな時間を描きました。

 

高原:松元さんの“母子の密な時間”と、よしいさんの“自分だけの大切な時間”。その両方をふまえて、自分にとっての大切な思い出の時間をアンカーとして書いた気がする。こうやって3人の作品を繋いでいくことで、ふだん自覚していなかった感情の発露によって文章を書くことの面白さが、改めてわかった気がした。

よしい:「お題:07」の「旅」もそうかな。出産前に旅したなかで一番印象的だったコペンハーゲンを思い出して、何を描こうか考えたときに、人生も旅みたいなものだから、その先に光があるようにという願いを込めて、このワンシーンを選びました。

 

高原:私はこの絵から夏の光を感じて、夏の記憶を書きました。団地で一緒に育った幼なじみたちが、いまも地元に住んでいて、帰省するたびに東京での生活がなぜか偽物っぽく感じてしまって。このことは、まだ自分のなかで消化しきれていないから、もう一回書きたい気もするけど。

松元:偽物っぽく感じる気持ち、分かる。旅は距離に関係なく密な時間を過ごすものじゃない? とくに子どもは、旅先でぐぐんと成長するから、そこで過ごす時間となにかしら関係があるんじゃないかと思う。写真は家族でハワイにいったとき、ずっと連れて歩いたムーミンの人形が手垢で黒くなってて、日焼けしたみたいだなと思って撮ったんだけど。

 

————「お題:08」の「お祝い」は、言葉の華やかさとうらはらに、ある種の深いものを感じます

 

高原:このお題を受けたころ、友だちが妊娠したっていう知らせを聞いて、私も素直に「おめでとう」って祝う気持ちになったんです。だけど、自分が妊娠したときは、戸惑いのほうが大きくて。あのとき声をかけてくれた人たちは、こんな気持ちで言葉をくれてたんだって、腑に落ちた時期だったから。

 

松元:お祝いといえば誕生日かなと思ったんだけど、たまさんの文章を読んで、これは考え直したほうがいいなと(笑) それで、娘を妊娠したときに夫が買ってきてくれた、たまごのモチーフの指輪を撮った。

 

よしい:私も妊娠したとき、たまさんと同じような感覚だったから、お祝いされてるんだけど不安に思う気持ちを、このイラストに託した。その次の、「お題:09」の「ミルク」も、子どもをテーマにするからには避けて通れないテーマだよね。

 

松元:この写真はもう明確。娘がおっぱいを飲み終わったあと、ぷわ〜ってため息をつく姿が満足そうで、幸せそうで、「あれはもう聞けないんだなあ」という寂しさも込めて(笑)

 

よしい:私は、おっぱいそのものを描いたつもりなんだけど……。

松元:これね、伝わりにくいのがもったいない!すごく素敵な絵なのに。

 

よしい:授乳しながら、私はおっぱいの後ろ側にしか見られてないって常々思っていて、おっぱいにたまたま顔がついているとしか思われてないんじゃないかって。だから子どもにも愛着が持てなくて、「どうせ私はおっぱいだろう」って淡々としてた。でも松元さんの作品をみて、彼にとっておっぱいは「いとしのピンク」よねって気付かされた。自分ではこの絵をとても気に入っていて、このあたりからこのプロジェクトで描く楽しみが分かってきたかな。

 

高原:このときの文章は、おっぱいを飲んだ後にぷわ〜っとなる母子の密な時間と、よしいさんの言うところのそのおっぱいの背後にしか自分はないという拗ねた気持ちの両方をふまえて書いたような記憶があります。子どもの命を繋ぐものが自分のお乳だけという事実がなくなったとき、自分の存在価値はなくなるんじゃないか。子どもは他者だと割り切りつつも、子どもにすがるような気持ちもあって、そんなアンビバレンツな部分を書いたかな。

 

よしい:息子はもうおっぱいは飲まないけど、野菜が苦手で、「もったいないおばけがくるよ」っていいながら食べさせてる。だから、「お題:10」の「苦手なもの」では、いつも助けてもらっている“もったいないおばけ”を描きました。

 

高原:このおばけの絵はハロウィンなのかと思って、「supporters of Mommy」というタイトルからも、ご近所で助け合うことができる関係について想像したんだった。私にとっては子育てそのものが「苦手なもの」で、さいしょは子どもとの関係に慣れるのに必死だったし、じぶんひとりで子育てしなくてはならないという頑なさがあったんだけど、だんだんまわりにも助けてくれる人が実はいっぱいいるんだなって気づいたっていう話を書いたんだった。全体を通してそういうことを繰り返し書いたような気もするけれど。

 

松元:私も、子育てが得意じゃない。子どもは泣いたと思ったら笑ってて、笑ったと思ったら泣いてて、その目まぐるしさに自分が疲れることが一番苦手。だけど、その姿を写真に撮ってみると、やっぱり美しいなぁと思って。ふわふわと不安定な存在でも、自分の見る目ひとつで「いいな」って思えるんだなって。

 

————「お題:11」は、いよいよ「夫」です。ここから作品がぐっと自由になった気がしました

 

高原:子どもが2歳になるくらいまで、夫に対してのイライラがずーっと消えなくて、これがこのまま続いたらどうなるんだろうって、まるで他人事みたいに思っていて。その気持ちがようやく薄らいできたから(笑)、当時のことをちゃんと書けた気がする。

 

松元:私もたまさんと同じようなことを経験しつつ、そうはいってもずっと側にいる人だしなぁという愛と感謝を込めて、この写真を撮りました。

よしい:すごく似てる!これはリンゴ?アボカド??

 

松元:鼻はリンゴ。そのうえに本人(=夫)のメガネを置いて、くすっと笑えるものに。

よしい:たまさんの作品は文章だから内容が具体的に伝わってくるけど、松元さんの写真はいつも、「これは何を撮ってるんだろう」って考えてしまう。だけどこの時は、「イライラを鎮めるために床がぴかぴかになるまで雑巾がけする」というたまさんのエピソードに対する、松元さんの答えの出し方がすばらしい。リンゴでつくった鼻が“ぴかぴか”に光ってるし、絵としても“夫”そのものだし。その素晴らしさに私も加わりたいって強く思って描いたのが、「雪が解けたら」。

 

高原:希望を感じる絵だなって思った。

 

よしい:描きながら、ヨシタケシンスケさんの絵本「リンゴかもしれない」みたいだなあって、知らず知らずインスピレーションを受けていたみたい。これはリンゴだけど解けたら何になるか分からないっていう意味を込めて描いた。

 

高原:リレーのバトンがきれいに繋がって、美しい場所にゴールしたよね。雪が解けたら、どんな気持ちが顔を出すのか、知りたくなったよ。

 

松元:「お題:12」の「あこがれ」の写真に込めたのは、憧れを素直に憧れと思えない自分を持て余す気持ち。小さい頃、母がよく服をつくってくれて、うれしいときもあれば、「こんなのイヤだ」「なになにちゃんのほうが可愛い」って文句を言っていたほろ苦い思い出もあって。娘にも同じようにしてあげたいんだけど。

よしい:たしかにこの写真を見て、松元さんのお母さんのことだろうなって思ったよ。ブルーグレーの色合いが印象的だったから、私は赤色を使って、タイトルも「隣の花は赤い」をもじってる。あとね、ピーターラビットのお母さんに昔から憧れがあって、子うさぎたちをムギュッと抱きしめるでしょ? あんなふうに愛情をたっぷり持ったお母さんをうらやんでもしょうがないので、この絵を描きました。

 

高原:ユーモラスで魅力的な絵だよね。私は二人目の子どもを身ごもって、次から次へとトラブルに見舞われて余談を許さない状況だったんだけど、この絵のもつチャーミングな前向きさが、妊娠中の「シリアスさの中にも美しい瞬間がある」、という部分を切り取らせてくれたような気がする。

 

よしい:始めた当初「自由な解釈をすればいい」と言われながらもふたりが作品に込めた想いはなんなのか、それに対して出した答え=自分の作品があまりにかけ離れていたら恥ずかしいとか思っちゃって…その正解に固執していたと振り返ってみて思う。「自由」のやり方が、12回やってみてようやく分かってきた気がするよ。

 

高原:回を重ねるごとに、自分がつかみ取りたい部分がより反射的に分かるようになってきたかも。お題について頭でウンウン考えても出てこないことが、前の作品があることによって、掘り起こされる感覚がおもしろいよね。

 

————さいごに、それぞれが一番お気に入りの作品は?

 

松元:私は「夫」の回が好き。希望があるから。

 

高原: 3人でつくる面白さを感じたのは「ミルク」。対して、3人での音がきれいに揃ったのは「夫」かな。

 

よしい:私も「夫」が好き。音を揃えようと思わなくても、自然と揃うようになってきたよね。

高原:初期衝動はあるけどちょっとちぐはぐにデビュー曲を演奏してた3ピースバンドが、アルバムが一枚出来上がる頃にちょっとまとまってきたみたいな(笑)そんな高揚感が、見てくださる方に少しでも伝わったらいいな。

(2018年11月鼎談/構成・西市鈴)

 

こうして綴られた「夢みるころを過ぎても」、ミルクジャポンウェブでの連載は今回が最終回です。1年間のご愛読をどうもありがとうございました!

 

目下、書籍化に向けてリレー制作は鋭意継続中。またお会いできる日を楽しみにしています!

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