Lifestyle magazine
for modern family

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DATE 2018.12.10

お題 12:「あこがれ」
(提案者:高原たま)

ワガママだっていいじゃない!子どもに愛を注ぐようにじぶんの人生も愛したい!そんな3人の女たちが紡ぐアートワーク。ひとりがお題を出し、リレーをしながら3人でひとつの作品を仕上げます。3段階のアプローチで作品がどんな風に進んでゆくのか、自由な解釈でご覧ください。

タイトル:「わたしの中の曇り空」
写真/松元絵里子

タイトル:「隣の花」
絵/よしいちひろ

タイトル:「ベッドサイドドラマ」
文/高原たま

今年の夏はひどく暑かったらしい。らしい、というのは夏のあいだじゅう文字通り一歩も外に出なかったためで、あらゆる連絡のあたまについていた「暑いですね」は遠いどこかの話のような気がしていたのだった。長袖をはおっていなければ肌寒いくらいに空調管理された病室で、ただただ横になって過ごした。

ふたたび身ごもってからの身体の様子は、この夏3つになったこどもがおなかにいた時のものとはずいぶん違っていた。寝ても覚めてもつきまとわれる吐き気、ようやくつわりが治まりそうなころに起きた真夜中の大出血、緊急搬送、絨毛膜下血腫というまがまがしい響き、破水につながりかねない炎症反応の急上昇、血管に沿って日ごと両腕にふえてゆく点滴の針跡……字面だけたどるとものすごくオソロシイ感じがするし、じっさい、はじめのうちは事態が飲み込めないでいてちょっと恐ろしかった。(とくに大出血の晩は、それまでお世話になっていたクリニックの「今夜は年に1度のビルメンテナンス中なので受け入れられませんね!」というまさかの宣言に仰天しながら119番デビューというなかなかな晩でした。)

けれども入院先は年間3000人ものあかちゃんが産まれるという総合病院。だてに数を重ねているのではないとすぐにわかった。空きベッドの状況に応じて婦人科病棟→産後病棟→産前病棟とひっこすなかで、主治医はもとよりどの病棟の助産師も看護師も説明は明晰だし、いつだって朗らかな彼女たちから、一瞬たりとも不機嫌さを感じることはなかった(しかも美人揃い)。予断を許さない状況、おまけに気分の上下も激しい産前産後の女人たちを相手に朝も晩もなく立ち働きながら、落ち着いた精神を保つ偉大なるタフさ。

今回、4日に1回の点滴の針の交換日以外はシャワーを浴びられなかったのだけれど、「体拭き持ってきてもいいですか?」(保温バッグに入った個別包装のほかほか蒸しタオルが4、5本届けられる)、「シャンプーしてもいいですか?」(車椅子で洗髪台に運ばれて洗ってもらえる)、「足湯してもいいですか?」(適温の足湯たらいで足を温めたのち、せっけんで指を一本ずつ洗って拭いてもらえる)と、清潔はありがたく保たれていた。「いいですか」っていうフレーズはずっと頼みごとをする側が使うものだと思っていたが、こちらが頭を下げる前にもうしわけないくらい先制・いいですかが炸裂する。おっとりと、しかしタイミングを逃さず確実に。

3年前にあかんぼうが産まれてから自覚もなしにずっと続いていた、子の機嫌と体調の安定に神経をとがらせていた日々が突然反転し、じぶんがあかんぼうに成り代わってしまったみたいなすこしの心もとなさ。それをずっと上まわる絶対的な安心感。こんなふうにやさしくされたらあかんぼうだってきっとうれしいよなぁと省みながら、あらゆる労わりに甘えつづけた。

さいごに移ったのは産前病棟の4人部屋だった。部屋の主は前置胎盤で3か月の間同じベッドに滞在しており、あと1週間ほどで帝王切開の予定だという。ひとりは妊娠初期に破水してそのままMFICU(母体・胎児集中治療室)に運び込まれたあと、容態が落ち着いたのでこの部屋にめでたく降格(?)されて管理入院中。もうひとりは娘といってもいいくらい年若くうつくしい切迫早産のおじょうさん。――初日の晩にぜんぜん照り焼いていないサバの照り焼きをつつきながら、ひと通りの自己紹介があった。おのおののブースのカーテンを閉め切ったままだった婦人科や産後病棟とはちがい、産前病棟では食事の時間はカーテンを開けるというローカルルールがあるらしかった。

20分ほどの食事の間はとかくかしましい。おのおのが編み出した点滴痛の効果的な予防法とか、「胎盤って最高のプラセンタっていうからバースプランに『食べてみたい』って書いたら『今は違法だからムリ!』って一蹴されちゃった~」とか、やたら男前で当直の多い若手医師がひとりだけいて夜に何かがあってもときめきがあるとか、産後高血圧を気にしなくてよくなったらおもいっきりスパイスとバターの効いたインドカレーとナン食べたいとか、「前置胎盤の帝王切開って止血のためにガーゼ2メートルも詰めるって!泣きそうなんだけど!」とか脈絡なくまぜこぜに。毎食いちはやく食べ終わるおじょうさんは持ち込みのポッキーをかじりながら、「アァ~主は来週はもう、あっちにいっちゃうんだね。さみしくなっちゃう」としょっちゅうかわいくすねていた。

学校の休み時間のようだった。それも卒業を間近にひかえた高校3年の。行き先が決まっている人もまだ決まっていない人も、密な時間がもうすぐ終わることを知っている。

1ミリ単位で他人の臓器がいかなる状況にあるのか把握できてしまうような部屋で寝食をともにしなければ、まったく接点のない4人だっただろう。そして家に戻ってしまえば、きっとこまめに連絡をとりあったりはしない。それでも互いのあかちゃんがきっとぶじに産まれますように、産み終えた彼女もきっとぶじでありますように、それぞれがまぎれもなく願っていた。

おもいがけず急に症状が改善し、主の帝王切開の前日にわたしは退院することになった。冷蔵庫でガリガリに冷えたたけのこの里をかじって歯の詰め物がとれた主は、別の階の歯科へ連れられていって不在だった。ほかのふたりは採血室と洗髪室にいた。日勤の助産師さんにだけあいさつして、足かけ4か月におよんだ入院生活はあっさり終わった。

病院では3歳の誕生日に不在の母に「しんどかったらねてな!」と健気さをみせていたわが子だったが、週末の1、2時間しか会えなかった反動からか家では朝から晩までウソ泣きを発動して食事もトイレもすべての作業をわたしにゆだねようと目論む。外と内とで顔を使い分けるようになったことにおどろきながら、たのもしく感じる。入院前にはまだふわふわと漂っていたつくられかけの声は、もはやしっかりと響くこどもの声になっていた。

「ガーゼ詰めなくて大丈夫だった!けど傷痕とおっぱいめっちゃ痛い!」主からは一度だけ真夜中のラインが届いた。ばんざいの手をしたままコットの中でぐっすり眠りこんでいるあかちゃんの写真といっしょに。あかちゃんはナースステーションの脇にいつもうずたかく積まれていたまっしろなガーゼの産着を着ていて、それは「まだ出てこられたら困るけど早く着せたい~」と主があこがれていたものだった。あかちゃんはきもちよさそうに発光して見えて、なんだかいろいろ大丈夫な気がした。

(9・20)

次回は、連載・夢みるころを過ぎても / 1回~12回の制作秘話(?)を3人で喋ります!

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