Lifestyle magazine
for modern family

Lifestyle magazine
for modern family

DATE 2018.11.12

お題 11:「夫」
(提案者:よしいちひろ)

ワガママだっていいじゃない!子どもに愛を注ぐようにじぶんの人生も愛したい!そんな3人の女たちが紡ぐアートワーク。ひとりがお題を出し、リレーをしながら3人でひとつの作品を仕上げます。3段階のアプローチで作品がどんな風に進んでゆくのか、自由な解釈でご覧ください。

タイトル:「ふたり暮らしだったころ、夫をどんな風に思っていたのか思い出せない」
文/高原たま

あと4か月で3歳というところまできて、急に子とふたりきりで過ごすのが楽しくなってきた。ほどほどに会話ができるようになったからだというのが一番の理由だと思われる。それは身も蓋もない理由だけれど、「産まれた瞬間から猛烈にかわいいとしか思えない!」とはどうしても言えなくて落ち込んでいたじぶんでも、楽しいと感じる日がくるのだなということがわかって感慨深い。こどもをあぐらの中に座らせると、わたしのあごの下にちょうど子の頭がくるようなあんばいなので、あごで頭頂部をグリグリしながらちいさくて弾む体に後ろから手を回し、その日の楽しかったことについて話したり、一緒に数を数え合ったりしていると、びっくりするような多幸感に襲われることさえあって戸惑う。

具合が悪いときは「ちょっとジョージ(テレビアニメの『おさるのジョージ』に夢中なのです)観てもらってていい?」と尋ねれば、「じゃあ“ミルクでおやすみ”のやつね」などと返ってきて、およそ20分の間、横で目を閉じて横たわっていることもできる。すこし前まではうとうとしているとボーンと腹の上にダイブされたり口の中に足が飛び込んできたりするので気が抜けなかったけれど、今ではわたしのひざ小僧を片手で撫でつつジョージと同居人の黄色い帽子のおじさんとのやりとりを眺めながら、「ピニャータ」とか「かぜ菌」とかなじみの薄い単語を噛み締めるようにつぶやき、どっしり座って鑑賞している。

2歳児はイヤイヤ期のやってくる魔の時期とされてもいるようだが、何がイヤかを名言されれば、「あーハイハイそれは無理ですね」といってその場を離れること含め、こちらも対応のしようがある。一切の言葉が通じず、一日中、眠るに眠れぬ泣きの責め苦を負うていたつらさ100%だったころとはちがってずいぶん心は軽い。それにかつてはあかちゃん連れの方と一緒にベビーカーを押して飲食店に入ったとして、他のあかちゃん達は穏やかにベビーカーに座っているのに、わが子はかならずわたしが席に着くのと同時に泣きはじめ、かんしゃくを起こしてベビーカーから脱出させよと訴えたものだった。ソファだろうがゴロゴロできる床だろうが、転がしておくということはまず無理だった。このごろは草すべりだの前転だのとにかく体を動かすのが好きで仕方がない様子なので、じぶんの意思で四肢を動かすことができないあの時期というのは、動ける気分でいるのに実際には動けない、というストレスを泣いて訴えることしかできなかったのであろうと今になってみれば想像できる。

こどもとの暮らしが明るく感じられるようになって、夫への感情も凪いできた。

生後10日ばかりのあかんぼうと、はじめて家にもどった午後のことを思い出す。ダイニングテーブルの上にはハイボールの空き缶が転がっていて、べたべたした食べこぼしの跡の上にはよくわからない書類が覆いかぶさっていた。

いつも通りに仕事をしながら合間をぬって妻子を見舞い、夫は夫で大変だったのだろう。けれどこちらはこちらでつわり、腰痛、痔、その他、直に命にはかかわらなくとも気に障る数々のマイナートラブルを大なり小なり(物理的には)ひとりで抱えながら、なにものかを10か月間腹の中で育て、文字通り体を張ってそのなにものかを外に出したばかり。まだよそよそしさしさしか感じないあかんぼうを左腕に抱えて、気づいたら、わたしは号泣しながらテーブルを拭いていた。産院から直行して1週間お世話になった助産師さん常駐の産後ケアセンターを出所して、いよいよ師のいない家での暮らしがはじまるという日。とりとめのない不安を産後のホルモン値の急降下がばっちり後押しして、夫に対して説明のつかないはげしい怒りがわいたのだった。

決定的に白黒をつけなくて済むように怒りの原因はつきつめないままにしていたけれど、あの瞬間からずっと、心の底には夫への「ゆるせない」という気もちが沈んでいたような気がする。

仕事を再開してからはこども園への子の送りは夫、迎えはわたし。いくら興が乗っていようが夕方5時に仕事を切り上げて全力で電動自転車をこぎながら園に向かう。どうしても夜に仕事が入るという場合には、送り迎えを交代できるかどうか夫相手におうかがいをたて、予定の調整をしてくれることに感謝を述べるという流れになる。もっと過酷な状況の中でやりくりしながらこどもを育てている方はたくさんおられると思うのでお恥ずかしい限りだけれど、狭量なわたしはとにかくずうっと、うっすらとした夫への「ゆるせない」を抱えながら過ごしていた。

おまけに授乳の時間に沿って行動がきまっていたことの名残なのか、子を夫に託して用事を済ませる場合に、用件が済み次第、すみやかに帰宅をしなくてはならないという気もちになってしまう。夫は否定するけれども、「早く戻って来るべし」というプレッシャーをじわじわと感じてしまうのである。ほんとうに勝手に感じているだけかもしれないけれど、感じてしまうという状況そのものが息苦しくて仕方なかった。

それでだかどうなのか、泣きながらテーブルを拭いたあの日以来、カッときたらとにかく拭き掃除をしているのだった。廊下、階段、台所の床……雑巾をかたく絞って拭き掃除をしているうちに憤怒の感情は蒸発して、あたまの先からつま先までからっぽになっている。かわりに雑巾に埃の塊を認めれば認めるだけ、達成感とカタルシスがあった。そうしているうちに家の中はどんどん磨かれていってこわいくらいだった。ぴかぴかの床は、とりつく島もない妻の心そのもの。

けれどちかごろはいっそ、出張はできるかぎり金曜日か月曜日に入れることにして、仕事前後の土日は現地で夫こどもと合流するようになった。仮に夜遅くまで仕事が続いたとしても、夫とこどもはホテルで眠っている。状況としてはふだん家にいるときと同じだとしても、全員が家から出かけているということになり、おわり次第一目散に家へ帰らなければならないという強迫観念から解放される。そんな屁理屈にすがることで気が楽になるのならば、申し訳ないけれどもいくらでも屁理屈をこねようと思った。もともと出張の多かった夫も同様の方法をとることにして、夫が仕事の間はわたしとこどもは一緒にはじめての街を散歩したり、甘味屋さんに入っておだんごを食べたり、ホテルに戻って留守番をしたりもする。ふたりきりの時間が義務だった時はとっくに去って、ふつうに楽しい。そして夫への「ゆるせない」をようやく手離しつつあることに気づく。

こうなるまでに2年以上もかかってしまったことについてがっくりはするけれど、もしかしたらこのままずっとゆるせないが続くのかもしれないと疑ってもいたので、ほっとする気もちの方が大きい。雑巾をにぎりしめる回数も減っていた。家がちょっとくらい荒れていても、今の方が断然いい。

(4・25)

タイトル:「起きぬけもおやすみ前も」
写真/松元絵里子

タイトル:「雪が解けたら」
絵/よしいちひろ

次回は高原たまがお題を出し、松元絵里子から制作をスタート。

お題は「あこがれ」。ぜひお楽しみに。