Lifestyle magazine
for modern family

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DATE 2018.09.10

お題 09:「ミルク」
(提案者:高原たま)

ワガママだっていいじゃない!子どもに愛を注ぐようにじぶんの人生も愛したい!そんな3人の女たちが紡ぐアートワーク。ひとりがお題を出し、リレーをしながら3人でひとつの作品を仕上げます。3段階のアプローチで作品がどんな風に進んでゆくのか、自由な解釈でご覧ください。

タイトル:「ピンクのため息」
写真/松元絵里子

タイトル:「いとしのピンク」
絵/よしいちひろ

タイトル:「グッパイ」
文/高原たま

離乳食がはじまるとき、うっすらとした恐怖もはじまった。あやすのがヘタ、風呂にいれるのもヘタ。とにかく不器用でほかの親たちがスムーズにやってのけることがちっともうまくいかずあかんぼうとふたりで居る時間をすぐにもてあましてしまうわたしにとって、保育者らしい唯一の行為が、おちちを与える、というものだったから。目の前のあかんぼうはそれによってのみ生きているのである。授乳をすることはその他のいたらなさすべてを帳消しにするようなものだとじぶんを納得させていたように思う。(母乳育児礼賛という話ではもちろんありません。)
食事は夫の係なので、離乳食ももれなく夫が担当することになる。おちち以外のもので命をつなげるようになることと引き替えに、チチ主の存在価値はどんどん下がってゆくだろう。わたしがいなくても生きてゆけるようになるという事実にすこしほっとしながら、すこしこわかったのだ。

幸か不幸か、あかんぼうは授乳の回数を減らしていってもさっぱりしたものだった。遊んでいるとき、食事をしているとき、なにかをしているときに自発的におちちを求めてくることはない。そのつど目の前のことに夢中なので、ほかのことを考える余地などない様子だった。くれるんだったらもらいましょう。ああおわったの。それならそれで、まあいいでしょうという具合に授乳の終了時間に執着することもない。おちちに臨む態度は将来の恋愛の仕方を示す、とだれかがいっていたけれどほんとうだろうか。恋愛以前にあっという間に親離れがおこりそう。ふだんのあかんぼうへのドライな対応を棚に上げて、またすこし落ち込む。
1歳半がちかづいたころには、おちちをあげるのは就寝前の1回だけになっていた。風呂にいれる。寝間着をきせる。そのまま真っ暗なダイニングのテーブルの上にブランケットを敷いて転がす。子は、はや目をつむって反射でおおきく口だけあけて、来るべきものが来るのを待っている。それからぐい、ぐい、ぐい、と力づよく吸いついて、頃合いでわたしが口元から指を入れて片方の乳房を遠ざけると、ぱくぱく空を切ってあるべきものを探す。まぬけで、とてもかわいい。もう片方も口にふくませ終わると、そのまま真っ暗ななかを抱えてはこび、静かに布団に据える。こちらが身じろぎせずにたぬき寝入りしていると、ほどなくして寝息がきこえてくる。ほんとうはもうおちちがなくても寝つけていたのかもしれないけれど、きっとわたしの方が一連の儀式による安心感を手放したくなかったのだ。
そして1歳半。夜の便で家族旅行にいくことになったとき、空港をはしゃぎまわっていたこどもは離陸と同時に眠ってしまい、そのまま二度とおちちのことを思い出すことはなかった。それでもやたらと足にまとわりついてくるし、手をつなぎたがるし、全力で体をあずけてくる。かまい方がわからず相変わらずまごついてばかりいるけれど、おそれていたような変化が「まだ」子に起こらないことがわかって、みっともないくらい安心した。
ことばを発さずただただ泣いていたちいさいころ、授乳が終わったあとのあかんぼうの髪の毛はしっとりと濡れ、やわらかな頬はふかしたての桃饅頭のようにピンクに染まり、口元からはあまいにおいのする息が規則的に漏れていた。世界にたったふたりだけで存在しているような親密な時間は永遠に遠ざかり、2歳を過ぎた今では、「あったかいぎゅうにゅうくーだーさーい」といってコップを差し出す。センチメンタルにひたるような余裕はまだないけれど、すこしあかるい気分で小鍋を火にかける。

(11・11)

次回は松元絵里子がお題を出し、よしいちひろから制作をスタート。

お題は「苦手なもの」。ぜひお楽しみに。