Lifestyle magazine
for modern family

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DATE 2018.12.04

04 音楽エデュケーションのかたちとは?
音楽を通してもっと創造的な遊びを

学校や塾に習いごと、毎日忙しい子どもたちにとって自分らしく生きられる「学び」とはどんなものなのでしょうか?学校教育にとどまらない、独自のエデュケーションを進めるスペシャリストたちが、実践的な新たな学びのかたちを紹介していくコラムシリーズ。

今回は、音楽を通して子どもたちに深い学びを提供するマイケル・スペンサーさんのお話を、3回にわたりお届けします。かつてロンドン交響楽団のヴァイオリン奏者だったマイケル・スペンサーさんは、ある時、音楽の持つ本質的な魅力に気がつき、エデュケーターとしての道を歩むようになりました。スペンサーさんが実践する、音楽エデュケーションのかたちとは?

世界各地に、固有の「音楽」がある

 この世界には、どれだけの数の音楽があるか考えたことがありますか? きっと、想像するだけでハッとすることでしょう。そして、そのほとんどを実際に自分の耳で聞くことは不可能です。なぜなら、天文学的な量に及ぶという理由だけでなく、個々の音楽は地域に根づいており、特定の文化のアイデンティティや伝統と切っても切り離せないため、その土地以外では聞くことができないという側面もあるからです。 どの文化にも、独自の価値観や特徴を持った独自の音楽があるのです。

 1877 年、トーマス・エジソンによる蓄音機の発明により、ハンガリーの作曲家、ベラ・バートクなどの楽器コレクターは、幅広い地域社会の本物の音を求め、「狩猟探検」に行くことが可能になりました。しかしバートクや似たタイプの研究者たちがそこで採集した音楽もまた、この世界にある多様な音楽の、ほんの一部にすぎないのです。音楽の多様性とは、私たちが暮らす場所に必ずある、社会的、感情的、肉体的、儀礼的、思想的、商業的、または伝統的に定義される「コミュニティ」のかたちを豊かにするのです。

 一方で、このことからある問題が浮き上がってきます。世界中にこれほど多様な音楽があるにもかかわらず、「音楽とは実際何か?」という問いに対して、普遍の答えを持つことはできるのでしょうか。例えば、よく使われる用語の「クラシック音楽」は、あまりにも漠然としています。 そのためにレコード業界は、自社のレコード作品をより細かくジャンルで分類し、お店の適切な棚に配置する必要がありました。しかしそれは、別の言い方をすれば、日本酒のことを「ライスワイン」と呼んでしまう無知な外国人のようなものです。なぜって? こうした「ジャンル分け」には、本来の音楽が持つ経験の豊かさが全く反映されていないからです。そもそも、技術的に日本酒はワインではありませんよね。ワインはブドウから作られているんですから。そのように、初めて出合うモノや経験を、自分たちの知っている範囲に収めてしまってはもったいないと私は思います。

「鑑賞教室」を抜け出して、もっと創造的な遊びを

 では、音楽はどうやって楽しむのがいいのでしょうか? 正直言って、現在の教育システムはほとんど役に立ちません。慣例的な指導方法では、「鑑賞教室」という形式で、音楽の数学的な部分とエモーショナルな部分を混在させたまま、生徒に音楽を聴かせることが度々あります。そこでは、「音楽とは、リズム、メロディ、ハーモニーの3つの要素のみで構成されている」と、あまりにもシンプルすぎる言葉で教えられます。そして生徒たちは、その極めて限定的で、実質的な情報だけで、音楽レパートリーの基礎を理解しようとするのです。戸惑うのは当然ですね。また生徒に与えられる時間も不十分です。よくある「音楽教室」のレッスン時間は45 分ほどですが、1曲あたりの実質的な部分は45 分に近い長さになります。つまりレッスンに来る生徒が聴く音楽は、お茶会のお菓子程度の断片しか与えられないのです。そこで瞬間的な喜びを感じることは多分できるでしょうが、その印象が長く続くことはありません。 そして、学校での教育を終えた多くの大人は、同じレベルの知識にとどまってしまうのです。

 音楽に触れること、そして音楽がどのように機能するかは、子どもの教育において不可欠な部分だと私は強く感じています。 音楽はもともと、言葉が生まれる前から存在していました。それは、人が音楽と接触することの重要性を裏づけているでしょう。 そしてほとんどの人にとって、音楽に触れる最も効果的な瞬間は、学校や教室などのフォーマルな環境ではなく、家庭の中だったりするのです。 イギリスの私の家で、子どもの頃にクリスマスキャロルやその他の練習曲の演奏をしたクリスマスパーティを今でも覚えています。

 私が見つけたおそらく最高の「音楽の定義」は、音楽と初期の言語獲得の背後にある神経科学に関する研究論文にありました。この論文には「音楽は創造的な遊びである。音楽とは、音が人間の想像力と一致した瞬間に生まれるものだ」と書かれていました。 そう考えると、音楽は学習のための、奥深く示唆に富んだ教育ツールへと変わるのです。

 その時、最も重要なのは、創造的な遊びは、社会的な活動ではなく、音楽を作ることから生まれてくるという点です。実際のところ、私は音楽を「社会技術」のひとつのかたちだと考えています。 音楽は時代を通じて、あらゆる関係を引き起こし、確立し、維持する触媒として機能してきました。 例えば、音楽があることで「儀式」がより引き立つことは自明でしょう。それは野球チームのファンから、カメルーン南東部などの熱帯雨林に住む狩猟採集民のピグミーまで、グループ間でのアイデンティティの確立にも寄与します。

次の回は、「音楽」に実践的に関わることが、なぜ子どもたちの学習に良いのかをお伝えします。ぜひご期待ください。