続・ははとハハの往復書簡 – 長島有里枝/山野・アンダーソン・陽子

MilK JAPON WEBで2018年に連載をしていた写真家、長島有里枝さんとスウェーデン在住のガラス作家、山野・アンダーソン・陽子さんの往復書簡。時間が経ち、世の中の状況も2人の関係も変わった今、またやりとりを拝見したい、とおふたりに手紙を書いていただくことになりました。その様子を短期連載として数ヶ月間、お届けします。母親として、ひとりの女性として、クリエイターとして、それぞれの“あり方”をもつ2人。その言葉から、私たちの生き方のヒントもみつかるかもしれません。

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第1回 「とりあえず、近況をお知らせするね」 
(長島有里枝→山野・アンダーソン・陽子)

 
陽子さま、こんにちは!  
日本はだいぶ暖かくなったけど、夜はまだ上着が要ります。スウェーデンも、さすがに桜は咲くぐらいの気温なのかな。元気ですか? 
 
往復書簡の連載が終わって、もうすぐ二年半が経ちます。そのあいだに、世界はすっかり変わってしまったね! 息子が大学生になったら、そちらにも遊びに行こうと思っていたのに。パスポートの期限は先月切れたまま、更新に行く気にもなりません。 
 
あれ以来、陽子が帰国するたび会うようになったね。Covid-19が流行してからもラインでやりとりしたり、電話したり、ちょっとしたものを郵便で送りあったり。なかなか、会えないいまだからこそ、こうしてまた往復書簡の連載が始まったことを嬉しく思います。二年半前はお互い知らない者同士だったなんて、信じられない。なんかもう、ずっと前から知っている気がします。すっかり友達になったいま、改めてここに書くようなことってなんだろうな、と思いながらパソコンの前に座っています。 
 
とりあえず近況をお知らせするね。最近のわたしの暮らしは、なんとも単調です。去年は本当に予想外のことばかり起こったから、もしかするとあのジェットコースターみたいな日々に慣れてしまい、人とも会わずただ淡々とできる仕事をこなす今週みたいな生活が、淀んで見えるだけなのかも。 
 
世界がこうなる前に気になっていたことの多く——例えば、渋谷で TちゃんEさんと会ったとき話した、彼氏のGがちっとも結婚したがらないことに対する複雑な気持ちとか(笑)——は、かなりどうでも良くなってます。去年の2月、姉のように慕っていた人を病気で亡くしたんだ。お葬式のあと、死を悲しむまもなく新しい生活様式へのシフトを余儀なくされたせいだと思うんだけど、いまでもちょっとした瞬間、彼女がいないことを受け止められていない自分に気づいて呆然としたりします。もともと、離れた所に暮らしていた人だったから、昔そうだったみたいにしばらく連絡をとっていないだけで、電話をすれば実は彼女の声が聞けるんじゃないかと、どこかで思ったりしています。そういうとき、自分では大丈夫なつもりでも、もしかしたらすごく、いまの生活が負担になっているのかもしれないと思う。陽子は、そういうことを考えたりしない? 去年の5月は気持ちが落ち込んで大変だったのだけど、また同じ月が来たのでちょっと怖くもあります。 
 
いまは、会えなくても顔を見ながら連絡を取り合うことだってできて、すごく便利でありがたいとは思う。でも、画面のなかの人が本当に存在するのかどうか、死んでしまった友達と同じぐらいよくわからない気がすることもある。映画のなかのスターたちが、わたしの目の前ではいつも生きているみたいな、変なつかみどころのなさを感じる。そのせいか最近、手で触れられる距離に誰かがいてくれることの心強さを感じることが増えました。 
 
うちで一番大きな変化は、大学生の息子Rが毎日家にいることかな。こうなるまで考えもしなかったけど、1歳4ヶ月で保育園に入れて以来、こんなに長い時間、彼と同じ空間にい続けることってなかったの。これまでずっと、キッチンのダイニングテーブルで仕事をしてきたんだけど、家に誰かがいると仕事に集中するのが難しいことに気づいた。オンライン授業が終わるたびに自室から階下にやってきては冷蔵庫を覗き、母に話しかけるR。まぁ、自分に余裕があるときは可愛いと思えるんだけど、去年はそれでいつもうっすらイライラしてた気がする。仕事にならないよ!っていう喧嘩もした。 
 
最近はそれにも慣れてきて、RともGともスキンシップが増えた気がします。特に話したいこともないし、むしろメールの返信とかゲームに集中したいんだけど、足の先だけちょこっと触れあっているとか、そういうことに安心するんだ。ダイニングテーブルの下で、犬のパンちゃんがたてる寝息が聞こえることとか。 
 
そういえば、コロナウイルスが蔓延するちょっと前に、とうとう老眼鏡を買ったよ。最初は、長くかけていると車酔いみたいに気分が悪くなったけど、いまはもう、ないと仕事ができないぐらいになりました。 
 
写真家のくせに、歳を重ねるにつれて「見る」コミュニケーションがもの足りなく、もどかしく思えるようになってはいたんだけど、ここにきてますますその気持ちが加速してる気がする。今年で48歳。少しずつだけれど確実に歳をとっていくのを感じるようになってきていて、いま、コロナでできなくなったって思っていることももしかすると、実は歳のせいでできないことなのかもしれないな、なんて思ったりします。 
 
とはいえ、最近のブームはクラシックバレエのレッスンなの! 大人になってから15年以上、子ども時代も合わせると人生の半分は続けているのに、ここにきて俄然面白くなってきた。思い通りに動かなくなってきた身体と向き合うのがこんなに面白いなんて思わなかった。陽子の仕事も、身体が勝負だって言ってたよね。何か変化を感じることはある? まだ若いから、これからかなぁ。 
 
それじゃあ、今回はこの辺で。 
 
長島有里枝

次回更新は6/16(水)の予定です。ガラス作家の山野・アンダーソン・陽子さんからのお返事です。 

長島有里枝/Yurie Nagashima

1973年東京生まれ。1993年、武蔵野美術大学在学中に「アーバーナート#2」展でパルコ賞を受賞し、デビュー。1999年カリフォルニア芸術大学ファインアート科写真専攻修士課程修了。第26回木村伊兵衛写真賞『背中の記憶』(講談社)で第26回講談社エッセイ賞第36回写真の町東川賞国内作家賞を受賞。子育て中に武蔵大学人文科学研究科博士前期課程へ入学、2015年に同課程修了。ジェンダー・アイデンティティや他者との関係性、女性のライフコースに焦点を当てた写真やインスタレーション作品、文章を発表している。近著に『「僕ら」の「女の子写真」からわたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)、『Self-Poretlaits』(DASHWOOD BOOKS)がある。 

Text&Photo:Yurie Nagashima
Edit:Kana Umehara