Lifestyle magazine
for modern family

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DATE 2018.01.11

01「散歩」文/高原たま

子どもの存在はたしかに尊くてかわいい。でもわたしのすべてではない。こどもに愛を注ぐようにじぶんの人生だって愛したい。それってワガママ?!
親としてのメインストリームを歩んではいないかもしれないけれど、子どもとの暮しも仕事もかしましく楽しめるようになった3人の女たちが、絵・文章・写真とをかけあわせて綴る、親たちへの、そしてかつてこどもだった全てのひとへむけてのラブレター的作品集。

お題:「散歩」

前回)絵/よしいちひろ → 文/高原たま

 

 

タイトル:「中野を歩いた晩のこと」

 

 

 待ちわびた六月土曜日の午後。こどもが昼寝をしているうちに夫に目配せして家を抜け出す。いそいそと電車に揺られて中野へ出た。梅雨のあいまの湿度の高い薄ぐもり、風が強く吹いていて、中野の空は広い。北口からまっすぐ伸びるサンロードのわき道に逸れて四時。サンプラザの前で二年ぶりくらいに会う友人マツオと落ち合って、Tというミュージシャンのライヴのために入場者の本人確認の列に並ぶ。こどもと暮らすようになってからはじめてのライヴ、開演は六時。
 マツオとわたしは学生時代からの付き合いで、いつからかTのおっかけ仲間みたいになっていた。上映期間のごく短いライヴ映像の映画を新宿・渋谷・立川と連れ立って観にいったり、新婚旅行をいちにち早く切り上げて帰国し、夫を成田に残したままNHKホールにすべりこんだりしながら、身ごもる直前の夏はTが真夜中のちいさなステージに立つと知って北海道のフェスにもいっしょに行った。仲間、といってもいつも先回りして段取りをととのえてくれるのはマツオだった。
 ぶじに本人と認められ緑色のリストバンドをはめてもらってからの小一時間、マツオの案内で近くの昭和な喫茶店でロイヤルミルクティ風味のお湯をすすりながら、テレビドラマの話に終始した。わたし達はテレビっ子仲間でもあって、ふだんからラインでもテレビの話ばかりしている。マツオはテレビの仕事をしていることもあって、わたしが好きだと感じる番組のよさの理由を的確に因数分解してみせてくれるし、どんなに熱烈にテレビの話を続けても「時間を浪費している者」として軽蔑されないという共犯めいた安心感があった。

 

 ライヴは三時間半みっちりと行われた。件の北海道でのフェスを最後にTのライヴから遠ざかっていたので、還暦を過ぎた彼がどんな風に変化しているのかそれともしていないのかが気がかりでもあったのだけれど、果たして、声は一層みごとに出ているし、なんだかとてもリラックスした様子でどんどんアンコールをやってくれるし、それはもう見事なライヴだった。
 十時前、例によってマツオが予約してくれていたバルに駆け込み、牧草牛なる上等な赤身のアヒージョで舌を焼きながら、わたし達は今夜のライヴがいかに贅沢で満足なものだったかという感想をぶつけ合った。
 ものすごく楽しくて高揚していたのだ。それなのにパエリアにレモンをしぼる頃にはわたしはすっかり眠くなってしまっていた。
 園児のころからどれだけでも眠れて(あきれた親がためしに放っておいたら、丸一日半眠りつづけて、朝だか夜だかわからなくなったことがあった)、朝によわく、半眠りのまま朝ごはんをとってスクールバスに押し込まれていたわたしにとって、「おとなになったら働く時間をじぶんで決められる生活をしたい」というのがささやかで最大の夢だった。おおむね夢は叶っていた。一方でこどもはものすごく早起きで、朝五時だの六時だのに目覚めては、わたしを文字通り叩き起こす。じぶんはものすごく宵っ張りだと思っていたのだけれど、早く起きるとやはり夜も早く眠くなるのだった。もちろん早寝早起きが正しいということは知っているが、それはわたしの信じる正しさとはすこしちがう。
 もはや楽しさの輪郭を眠気がすっぽり覆ってしまっていた。マツオにそれを悟られるのもいやで、となりのテーブルの三人組が会計を済ませた流れに乗じてできるだけ自然な形で店を出た。昼間の湿気はどこかへいって、風は冗談みたいにいよいよ強く吹きつけて、道端に落ちていた白いコンビニの袋が舞い上がり、くるくる回りながら夜に溶けていくのが見えた。話したいだけ夜ふかしして、まどろみながらタクシーに乗って、好きなだけ眠って次の日をはじめる――望みどおりの生活はふたたび遠いものになったことが、そのときはっきりとわかった。これまでだって毎回Tのステージは最高だったけれど、それをマツオと共有するところまでがわたしにとってのライヴだったのかといまさら気づいて、泣きそうになりながら駅までの道をのろのろと歩いた。
 「録りだめてる朝ドラ、ちゃんと観て追いつきます。じゃあ!」
 駅に着いたらマツオはさっぱりと手をふって、わたし達はそれぞれのホームに分かれた。
 家に帰りつき、形ばかり風呂に入って浴槽の栓を抜くと、ぬるくなった湯がもどかしそうに渦をつくりながら排水口へと流れていった。往生際のわるい生活の中にもきっとたのしみはあるだろう。今はまだよくわからないけれど。染みついた手順で洗濯物を干し終え、ドデンと手足を投げ出して寝入っているこどもの隣に倒れ込んでとりあえず眠った。

(6・12)

 

 

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