Lifestyle magazine
for modern family

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DATE 2018.06.22

第10回:長島有里枝より
子育てで、両親に頼ることが増えると感謝も衝突も増えていく。

女性は子どもを産むとみんな「はは」になる。当たり前のことだけど、みんなそれをどう受け入れ、日常を送り、自分の生き方を新たに手にするのでしょうか。この連載では、クリエイターとして活躍する二人の「はは」と「ハハ」に手紙をやりとりしていただきます。それぞれの悩みや愚痴、ときに葛藤、あるいは日々の喜びから、あなたや私の「はは」としての生き方のヒントがみつかるかもしれません。

長島有里枝さんから山野・アンダーソン・陽子さんへ。

 

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陽子さん

 

こんにちは、そしておかえりなさい。やっぱりご自分の家に帰ると、ほっとするんじゃないかと思います。

ようやくお会いできて、わたしも嬉しかったです。お店に入ったとき、それらしき人はまだ誰もいなかったのですが、予約席の端っこに誰かの荷物が置いてあるのが見えました。6人掛けのどこに座ったらいいかわからなくて、カウンターのそばでお店の人と話していたら、店の奥から誰かが歩いてきた気配がして、それが陽子さんでした。連載がはじまる前にネットでインタビュー記事を読んだので、顔は知っていました。でも、顔よりも陽子さんが連れていた空気でピンときましたよ。北欧の色とかガラスの反射みたいに透明で明るい感じがして、直感的に「この人だ」と思いました。真っ黒でたっぷりした髪と、意志の強そうな眉毛に合う赤いリップに、きれいなブルーのワンピースがとてもよく合っていました。

 

わたしはといえば、LAと書かれた黒いドジャースのキャップで中途半端に伸びっぱなしの髪を隠した、近所のおばさん風の格好でしたね(デザイナーのアリヤマさんに的確に指摘されたけれど)。緊張しているときは、なんだか余計にいつも通りの格好をしたくなってしまいます。陽子さんに初めて会った気がしなかったのは、やっぱり文通しているからでしょうか。実は、わたしが勝手に想像していた陽子さんは、ちょっとスピリチュアルで寡黙、でもいつも静かに微笑んでいて、意志の強さが全身から滲み出ている人だったのですが、このイメージはいい意味で裏切られました(笑)。実際の陽子さんは明るくて、頭の回転が早く、人を楽しませるのが上手で、正直な話しかたをする人だと思いました。わたしも普段通りの気持ちでおしゃべりできたと思います。教えてもらったインスタの更新も、こっそり楽しみにしています。

 

日本では息子さんも楽しく過ごされたみたいですね。おばあちゃんとの時間、いい思い出になったんじゃないかと思います。そのうち忘れてしまうとしても、そのときの感触は体のどこかにずっと残りますよね。それと、陽子さんがお母さんとのやりとりのなかで感じたという気持ち、わたしにもすごくよくわかります。どんな選択をしても、息子のためにこれで良かったのかなと悩んできたし、やっちゃった! と思うようなことをしては、もっとちゃんとしようとか、もうしないと決心するのに、気づくとまた同じことになっている。そんなのをいまだに繰り返しています。

 

子育てではわたしも両親にずいぶん頼ってきたけれど、そのぶん喧嘩もしました。わたしの母はたぶん、本心ではもう二度と、子育てのようなことをしたくなかった人です。彼女は専業主婦で、子供から見てもわかるぐらい自己犠牲的に頑張って「お母さん」をやりきりましたから。父は子育てらしいことは何もしてこなかった人で、だからなのかわたしの息子の面倒を楽しみながら、一番よくみてくれました。

 

本当なら、孫とは責任のない状態で2、3時間遊んで、自分が疲れたり、子供がぐずり出したら親(つまり自分の娘や息子)に返す、っていうのがきっと、おじいちゃんおばあちゃんの醍醐味なんでしょうね。そこをいくとうちの両親は、もっと切迫した状態で孫と関わることを余儀なくされた上に、もともと衝突が多くて距離を置いていた娘ともまた緊密に付き合わなくてはならなくなって、大変だったろうなと思います。しかも、3週間じゃなくて10年以上も。母は、遊びの予定で息子を預かれないことが多くて、それで仕事を断ることになったりすると、遊びを優先する母が許せなくて大喧嘩になることもありました。そんなときは、静かに話を聞いていた父が自分の仕事の都合をつけ、お父さんがみるから仕事を受けなさいと言ってくれました。母も母なりに、結局うちにきたら身の回りのことをやるのはわたしなんだから、と文句を言いながら、ちゃんと面倒を見てくれました。感謝していても素直に言えないし、たった一人子供を持っただけでまったく思い通りに進まなくなった人生にイライラするときに八つ当たりする相手も両親なんだけれど、二人とも自分にできる範囲で許してくれたり、許せなくて絶交みたいになったり、弟や息子が仲裁に入って仲直りしたりしながら、なんとかやってきたなぁという感じです。

 

子育てをしていると、自分のダメな部分とか、無力さとか、良くない感情なんかが痛いぐらい露わになることがあって、それを人に目撃されるのはたとえ家族でも恥ずかしいし、辛いということがわたしはあります。細心の注意を払っても、子供にそういう自分を見られてしまうことも一緒に暮らしているとあるけれど、そういうときに大丈夫、お月様が綺麗だよ、と陽子さんに声をかけてくれる息子さん、素晴らしいなぁと思います。法律とか社会ルール的には、親が与え子供は受け取るという関係性が良しとされている気がするけれど、人対人と考えれば、与えるだけ、頼るだけなんていう関係性はありえないと思います。タイミングはもちろん大事だけれど、人は誰しも完璧じゃないこと、強い人がいつも強いわけじゃないこと、小さな自分でも誰かを笑顔にできることを知っている人になってほしいと、子供に対して思います。それは言って聞かせてもわかることじゃなく、経験を通じて自分で理解していくことかもしれないと思います。息子さんは不安だったのかもしれないけれど、自分の行動でその不安を回避したという今回の経験、きっと大きな自信になったでしょうね。本人も嬉しかったんじゃないかな。だから次の日、誇らしい気持ちで、自分のやったことをもう一度お母さんに話したんじゃないかなとわたしは思ったのですが、どうでしょうか。

 

シングルマザーの話、女性の役割の話はまた、次回以降に。その後、スウェーデンではどんな日々ですか? 帰国後、息子さんの成長を感じたりしますか? スウェーデンに戻って改めて感じる、日本との子育て環境の「差」なんかもあったら教えてください。

次回は、文学少年の気配を感じる息子さんにもお目にかかれますように!

 

有里枝

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次回更新は7/13(金)の予定です。ガラス作家の山野・アンダーソン・陽子さんからのお返事です。