Lifestyle magazine
for modern family

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DATE 2018.04.27

第6回:長島有里枝より
母の海外出張、納得できない息子との国際電話。

女性は子どもを産むとみんな「はは」になる。当たり前のことだけど、みんなそれをどう受け入れ、日常を送り、自分の生き方を新たに手にするのでしょうか。この連載では、クリエイターとして活躍する二人の「はは」と「ハハ」に手紙をやりとりしていただきます。それぞれの悩みや愚痴、ときに葛藤、あるいは日々の喜びから、あなたや私の「はは」としての生き方のヒントがみつかるかもしれません。

長島有里枝さんから山野・アンダーソン・陽子さんへ。

 

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陽子さん

 

こんにちは。前回、風邪のひき始めとおっしゃっていましたが、その後お加減はいかがですか? こちらは習い事から帰宅したところですが、家族はもう寝ていたので、一人キッチンでコーヒーを飲みながらこれを書いています。東京はこの頃、一週間の最高気温に10度ほどの差があって、そのせいか今朝、息子は喉が痛いと言ってました。夜には咳と喘息の軽い発作が出たみたいです。かわいそうに。

 

陽子さんのお相手は家事が出来る方なのですね! というか、家事が生きる上で必要だし、自分の事を自分でするのは当然という考えが、みんなに浸透しているって素晴らしい。当たり前のようでいて、どれだけ多くの社会でそれが実現されてないかを考えたら、やっぱり特別なことですね。いったい、どうしたらそういう考えが人々に根づくんだろう。そのような精神がスゥエーデンでどのように培われてきたのか、もしご存知だったら教えてください。

 

子供を持って以来、わたしにとって家事は仕事の息抜きなのですが、残念ながらパートナーにとってはそうでもないみたい。あまり文句を言わない人ですが、できればやりたくないのに、わたしのためにやってくれている。それはそれでありがたいけど、わたしのためにやるっていうのは、確かにいかにも恩着せがましいことだよなぁ(笑)と、陽子さんの手紙を読んで思ってしまいました。家事の分担の仕方は、陽子さん夫婦と似ているかもしれない。お互いに得意なことと、譲れないところを優先的にやる感じですよね。それから、うちでは「名前のある家事」はできるだけパートナーに担当してもらっています。

 

「掃除機かけ」とか「食器洗い」みたいに、名前がついている家の仕事って実は限られていて、他はたとえば「なくなりそうな調味料を、帰り道の途中にあるスーパーに、セールの曜日に買いに行く」とか、「子供のプリントにサインして、指定の金額を封筒に入れ、どちらも期限までに学校に持たせる」とか、2つ3つのことを同時にクリアしなきゃいけない難しい仕事なのに、名前が無いっていうだけで家族には「やってる」とさえ思われないことが多いなと思います。うちでは、ほとんどの「名前のない家事」をわたしがやっていて、「名前のある家事」だけを平等に分担すると、だんだんわたしのなかに不公平感が募って喧嘩になることがわかってきました。よくないなと思ってある日、彼と話し合って、交渉したんです。名前がある家事は頼みやすいし、頼まれた方も理解しやすいみたいで、いまのところはうまく機能しています(ときどきサボられますが)。

 

あと、早起きして高校生の息子に朝食と弁当を作り、送り出す係は順番です。これがお互いにとって最もハードな家事なので、きっちり半分です。それから、陽子さんちと同じように、スケジュールのすり合わせもします。これは、彼がフィンランドに住んでいたときにできた友人カップルが、毎週月曜の朝にカフェでそうやっているのを偶然見かけて、素敵だね、という話になって始めました。うちは田舎なのでいいカフェがなくて、自宅のキッチンでやってます。彼に対して文句もありますが、息子が小さかった頃は全部一人でやっていたので、文句が増えたときには「ありがたいなぁ」と心から思った、付き合い始めの気持ちを思い出すようにしています。

 

今週はたまたま、息子の昔の写真をチェックしていたのですが、確かに、その頃は豆まきをしたり、浴衣を着せたり、ツリーを飾ったりしていました。保育園では必ず季節の行事をやるから、ついでということだったのかも。最近は忙しくて、行事を忘れてしまいます。他に、うちには家族(実家と弟一家、ときどき叔父夫婦)の誕生日をみんなで祝う風習があって、誰かの誕生日近辺の週末にはたいてい実家に集まります。それをみんな楽しみにしていて、こういう家族行事に慣れていないパートナーも無理やり連れていきます。日本には、結婚しない相手を正式に家族とは認めない考え方もありますが、うちはそういうことを気にしない家です。

 

息子が小さいときの仕事、実は大変でした。写真家って、時間的にかなり拘束されるんです。被写体のスケジュールに合わせなくてはいけないし、大きい仕事ほど朝は早く、保育園のお迎えにも間に合わないことが多かったです。子育てと相性のいい働きかたを考えていたとき、ある人の勧めで小説を書くことになりました。それが賞をとって、書く仕事が家でできるようになりました。アーチストとしての活動もずっと続けていますが、それだけでは生活ができないので、他の仕事が必要です。そのなかでは、海外ロケの仕事が好きでした。そのときだけは親も二つ返事で息子を預かってくれるうえ、何日か一人を満喫できますから。

 

でも、カンボジアの国境の街にある子供たちのシェルターを取材に行ったときは大変でした。実家の番号で電話がかかってきてきたので、なにかあったのかと電話を取ると、受話器の向こうで「お母さんなんでいないの」と、3歳の息子が激しく泣いていたんです。いつもちゃんと説明して出かけるから「おしごと」だとわかってはいても、納得がいかなかったんでしょうね。その時だけじゃなく、出張のたびに我慢していたんだと思います。なだめるのに3、40分かかって、可哀相だと思いながらも、カンボジアとの国際通話が1分間360円だってことが気にかかってました(笑)。

 

でも、お金には変えられないし、子育てって「いま!」という瞬間がありますよね。そのとき子供と丁寧に接すれば、他はサボってもなんとかなるような。お子さん、まだ小さいですが、そんな瞬間に心当たりはおありですか? そういう経験があれば、ぜひ話を聞かせてください。それでは、また。

 

有里枝

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次回更新は5/11(金)の予定です。ガラス作家の山野・アンダーソン・陽子さんからのお返事です。