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DATE 2018.06.20

35 『床下の小人たち』アリエッティ、初めて外に行った日のごちそう

子どもと一緒に読んで作って食べたい「おいしいおはなし」。今日は借り暮らしの人たちをご紹介。

見たことがなくてもいることは知っている

いろいろなお話の中に、私たち人間の暮らしと隣り合わせで生きる、小さな人たちが登場します。コロボックルのように、呼び名がついていることもあります。この『床下の小人たち』に登場する人たちの呼び名は「借り暮らしの人たち」です。主人公のアリエッティの一家、クロック家は大きな古い屋敷に住んでいます。その名のとおり、広間の大時計の下が家への出入り口です。

彼らは、必要な物を借りて生きています。食べ物や水はもちろん、ドールハウスの食器、壁に飾るための切手、大皿として使うコイン、チェスの駒の台座をテーブルに、糸巻きは椅子に……と、人間からいろいろなものを借用して暮らしているというわけです。(机の上に置いたはずなのにない! ということは世界中いつの時代でもよくあることです。)

ですから、借り暮らしの人々にとって人間とは「自分たちを養うために存在している巨人」。関わるとろくなことはないと恐れながらも、小バカにしています。だって彼らは私たち(人)を「インゲン」と呼んでいるのです。ニンゲンをインゲンと言い間違えているわけですが、インゲン程度の存在ということでしょうか。ちなみに、原文では「human beans」で「human being」の言い間違い。

さて、借りぐらしの人たちはそんな考え方ですから、初めて人間の男の子と出会った時、アリエッティはこんなことを言います。

***

「まさか、あなたの大きさの人が、たくさんいるとでも思ってるんじゃないでしょうね?」(中略)

「あら、いやだーー」アリエッティは、どきまぎして口をひらくと、またわらいました。

「ほんとに、そう思うの?ーーだって、いったい、どんな世界になるかしら?(中略)つまりね、みんなにゆきわたるだけのたべものは、すぐ、世界中になくなっちゃうだろう、っていうことなの! だから、おとうさんがいうのよ、あの連中が死にたえていくのは、いいことだって……ほんのすこしいれば、っておとうさんがいうのね、それでじゅうぶんだってーーわたしたちを養うのによ。(P.114-115)

***

なんという痛烈な批判! 小人から見れば、“インゲン”は養い主ですが、増えすぎると地球の資源を食いつぶす困った巨人なわけです。

人間からアリエッティたちを見れば、小さなつつましい床下の暮らしは、でも工夫に満ちて魅力的です。革の手袋から作った靴、マチ針を編み棒にして、薬のビンの真鍮のふたを洗面器に、小さなクズ石炭で赤々と燃える暖炉と詰め物をした宝石箱はソファーに……ステキ、小さくなってお茶に呼ばれたい!

でも、床下から外に出て太陽の光、気持ちよい空気、美しい草花を味わってしまったアリエッティは、この我が家を居心地よく思いながらも、はっきりと胸の中に外への憧れを感じるようになるのです。

さて今日の一品は、アリエッティが初めて外の世界に触れた日のごちそう。アリエッティが帰ると、銀貨のお皿が並ぶテーブルには一人1匹ずつ「シバエビの煮たの」が用意されていたそう。どんな味付けだったのかしら、と想像しつつ、私たち人間(インゲン)用にガーリックオイル煮にしてみました。底に残ったオイルもパンでぬぐって、残さずどうぞ(残しておいたらおいしいオイルを借りに来るかもしれませんね)。

『床下の小人たち』メアリー・ノートン著、林容吉訳(岩波少年文庫)
映画『借りぐらしのアリエッティ』の原作は、19世紀末ごろのイギリスが舞台です。お話は人間の子どものケイトがメイおばさんに昔話を聞かせてもらっているところからはじまります。昔話は借り暮らしの人である小人のアリエッティの家族の暮らしと、彼らを見てしまった男の子のこと。アリエッティと男の子の交流が深まり、床下の家の中が贅沢なほどに借り物で満ちたときに、事件は起こりますーー。お話の終わりの頃、メイおばさんがケイトに言い聞かせる言葉が印象的。「お話というものはね、けっして、ほんとにおわることはないんだよ。いつまでも、いつまでも、つづくものなのさ。ただ、ときどき、あるところまでいくと、話すのをやめるだけなんだよ」(P. 233)