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DATE 2017.06.09

18『精霊の守り人』チャグム、初めてのお弁当

子どもと一緒に読んで作って食べたい「おいしいおはなし」。今日は、読みながらにして五感がフル回転させられるファンタジー小説のご紹介。

逃亡の旅の始まりに、元気をくれた庶民の味

「おいしいものが出てくるおはなしといえば?」という質問に、ある本好きの中学生男子(趣味は囲碁)が教えてくれたのが『精霊の守り人』でした。「シリーズのどこを読んでもおいしそうなものが出てくる」という彼の推薦の言葉に、すぐさま、未読だったベストセラー作品に手を伸ばし、文字どおりドボンとその世界にハマってしまいました

この物語の舞台は、古代アジアを思わせる架空の世界。主人公のバルサはつらい過去を背負ったフリーランスの女用心棒。王家の第二皇子チャグムは「水の精霊」の卵を体内に宿してしまい、その卵を狙う存在と、父である帝との二方向から命を狙われることになり、バルサに守られて逃げることになります。自分の力ではどうにもできない運命に翻弄され、怒りと悲しみの混ざり合った名付けようのない感情に苦しむ皇子の姿は、同じように運命に翻弄されて流浪せざるを得なかったバルサの幼い姿に重なります。これは、そんな二人の生きるための旅の物語です。

ファンタジー小説の魅力は、人の世界とそこに隣あうように存在する異界を見せてくれて、その境界線で起きる不思議を体験させてくれること。そしてこの『精霊の守り人』が、子どもたちはもちろん、大人にも愛されているのは、時代背景や自然環境、物語の中で語られる伝説、人の世界と異界との関わり方、人々の暮らしぶりなど、あらゆる設定が細部までしっかりと描かれているからではないでしょうか。架空の物語世界なのにそこには確かな存在感が感じられ、読みながら五感がくすぐられます。その世界の中で登場人物たちは生き生きと動き回り、読む人たちは彼らの脈うつ鼓動をも感じることができるのです。

なかでも、おすすめしてくれた囲碁少年の言うとおり、食にまつわる描写は読む人のお腹をグーと鳴らす力を持っています。たとえば、呪術師でバルサの幼馴染であるタンダが得意の山菜鍋を作っているところ。

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「それは、なんじゃ?」

チャグムが、身をのりだして、タンダの手元をのぞきこんでいる。

「カンクイっていうキノコだ。こいつはいい味がでるんだが、あんまり煮えすぎると、苦味がでるからな。火からおろす直前にいれるのがコツだ。」(P. 113

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そうなんだ、今度やってみる! なんて返したくなる、タンダの言葉。こういった部分が、物語にリアルな手触りを与えているような気がします。もちろん、料理そのものの描写もすばらしく、目の前に料理の姿が浮かんできて、そのおいしい匂いがページから漂ってくるようなのです。

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白木のうす板をまげてつくられている弁当箱のふたをとると、いいにおいがたちのぼった。米と麦を半はんにまぜた炊きたての飯に、このあたりでゴシャとよぶ白身魚に、あまからいタレをぬってこうばしく焼いた物がのっかり、ちょっとピリッとする香辛料をかけてある。(P. 65-66

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ヨダレを誘うこのお弁当の描写に、いてもたってもいられなくなり、再現してみたのが、今日のレシピ。こちらの世界ではサワラと呼ぶ柔らかな白身の魚に甘辛いタレを絡めて焼き、旬の実山椒でアクセントをつけたものを、麦ご飯に乗せました。一口ほおばると、うん、バルサやチャグムが食べていたのは、きっとこれに違いないな! と想像したとおり、いや想像以上!?のおいしさに舌鼓を打ちつつ、このお弁当みたいに物語の世界そのものも、実際に存在しているんじゃないかな、精霊の住む異界ごと、どこかに……と思ってしまうのです。

『精霊の守り人』上橋菜穂子著(偕成社)人間の生きる世界と、精霊や神が住む異界とが重なり合い、時に交錯する世界を舞台にした、シリーズ全10巻の人気ファンタジー小説。シリーズ第1巻となる本作は、主人公の女用心棒バルサと、体に「水の精霊の卵」を宿した新ヨゴ皇国の第2王子チャグムの物語。バルサが追手の「狩人」や、異界の恐ろしい生き物と戦うシーンは、アクション映画を見ているような迫力と臨場感。彼らをかくまい、チャグムと「卵」を守ろうとする、薬草師タンダや呪術師トロイガイなど、個性的なバイプレイヤーにも注目。細かなディテールを丁寧に紡いだ物語の世界観が、読む人を魅了します。