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DATE 2017.01.04

生きることは残酷で、こんなにも愛おしい。ブラックユーモアに満ちた衝撃作『トッド・ソロンズの子犬物語』

誰もが小さい頃、一度は「犬を飼いたい」「猫を飼いたい」と親に駄々をこねたことがあるはず。ふわふわした毛、やわらかな肉球、甘く切ない鳴き声。小さな動物たちと過ごす蜜月の時間を想像し、うっとりと夢見心地になった人も多いだろう。

 

しかし動物と過ごす時間は、それだけではない。自分自身の変化や、動物の変化。生身の生き物である動物と人間の間には、いつだっていろんなドラマがある。そんなことを痛感した映画が『トッド・ソロンズの子犬物語』だ。

物語は、一匹のダックスフントと4人の飼い主によって描かれている。

 

1人目の飼い主は、病弱な少年レミ。闘病生活を送るレミへのサプライズプレゼントとして送られたダックスフントは、レミに愛され、彼に人生の教訓を教えることになる。「なぜ犬は避妊手術をしなくてはならないか」「死を迎えること」、そして「犬には食べさせていけない食べ物があること」を。レミはうっかり朝食のグラノーラ・バーを犬に食べさせてしまい、ひん死の状態に陥ってしまう。

 

2人目の飼い主が、獣医助手のドーン。安楽死をさせようと獣医に持ち込まれたダックスフントは、ドーンの善意によって命を救われる。ドーンの地味な生活は、犬の登場によって小さな変化を起こす。ドッグフードを買いに行った雑貨店で元クラスメートのブランドンに再会。ひょんなことから、彼の車旅行に同行することに。ダックスフントはそこで、ブランドンの兄夫婦の元へ渡る。

その後転々とし、ダックスフントは3人目の飼い主である映画学校の講師兼脚本家シュメルツの元へ。かつての栄光を心の支えに、脚本を書き、エージェントに送り続けるも先は見えない。学校からの風当たりは厳しく、生徒からは侮辱され、絶望するシュメルツは、人生をやり直すための最悪の任務を犬に託す。

 

4人目は、一人暮らしをする偏屈なおばあさんナナ。彼女のかたわらには、ダックスフントが寄り添う。訪ねてきた孫娘から、アーティストを目指すボーイフレンドへの資金援助を求められる。足早に去る娘を後に、ナナは、アーティストを目指していた若い頃の自分を思い出す。「もし絵の勉強を続けていたら」「もし心から愛していた人と結婚していたら」「もし母親を許していたら」。物思いにふけっている最中に犬が逃げ出し、とんでもないエンディングを迎える。

正直言うと、子どもが見るには残酷すぎるエンディングだろう。トラウマ必至とも言えるし、悲しい現実とも言えるし。これは見せるか見せないか、一度親が見てから判断をゆだねたいところだ。

 

今作を手がけた監督トッド・ソロンズは、アメリカのインディペンデント映画界の鬼才と呼ばれる人物で、これまでに『ウェルカム・ドールハウス』『ハピネス』『ストーリーテリング』など、アメリカ人の“リアル”をコミカルに、ブラックユーモアたっぷりに描いてきた。

 

病気、家族の問題、リストラ、麻薬、テロ。冴えない登場人物たちは、不幸に片足をつっこんだ、ある意味“残念な人たち”ばかりだ。しかし、その愛らしい人間くさい姿に、なぜか愛しさを感じる。辛い・悲しい問題から決して逃げることなく向き合い続ける姿勢は、ひたむきすぎてちょっと笑えるし、応援したくもなる。

最も印象深いのは、おばあさんが過去を回想するシーン。少女の頃のおばあさんが登場し、人生でこれまで捨ててきたものを思い出させる。「夢」「恋人」「母親への愛」「娘への愛」「奉仕の心」。人生は、いつだって選択の連続だ。捨てなければ得ることはできない。しかし、そこで得たものは本当に自分が欲しかったものなのか。それは本人さえ、よく分からないことなのだ。

 

映画館でチェックして欲しいのは、等身大のアメリカ人の息づかいのようなもの。何に喜び、何に悲しみ、何に心を動かされるのか。劇中から伝わってくる哀愁ただよう空気感と何気ない日常生活から、今のアメリカの肌ざわりを感じてみよう。それは、日本人である私たちと何ら変わらない日々の不安や葛藤、悩みの塊。ハッピーエンド、ヒーロー物語だけではない、リアルなアメリカン・ストーリーが笑いと元気を与えてくれる。

 

新年最初の映画は、ちょっとユニークで、ブラックな笑いが詰まった『トッド・ソロンズの子犬物語』で、はじめてみてはいかがだろう。