Lifestyle magazine
for modern family

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DATE 2018.04.10

お題 04:「いたずら」
(提案者:松元絵里子)

ワガママだっていいじゃない!子どもに愛を注ぐようにじぶんの人生も愛したい!そんな3人の女たちが紡ぐアートワーク。ひとりがお題を出し、リレーをしながら3人でひとつの作品を仕上げます。3段階のアプローチで作品がどんな風に進んでゆくのか、自由な解釈でご覧ください。

タイトル:「All or Nothing 」
絵/よしいちひろ

タイトル:「ぶらぶら」
文/高原たま

 家にあそびに来てくれる大方のひとが「犬がいるの?」と尋ねる。食卓の椅子やソファの脚にガリガリ噛まれた跡を見てのことである。犬の仕業ではなく、ハイハイするようになったころのあかんぼうによるものだった。歯が生えるときにかゆくて物を噛む、というような話をきいたことがあったが、じっさいに次々と歯が生えんとする生後七か月ごろ、気がつくとあかんぼうは椅子の脚元にワープしていて、むくむくした両手をそっと顔のわきに添えながら一心不乱に脚にかじりついていた。たしかにどうぶつ的ではあった。

 木製の枠に黒い革の座面という簡素さがじぶん達にはちょうどよいその食卓椅子は、結婚をするときに弟が贈ってくれたものだ。ナラの木に深い茶色のオイルが塗られた脚。離乳食以外のナゾの要素が体に入ってだいじょうぶなのかという気がかりと、気に入りの椅子がだめになってしまうというみみっちい理由の両方から、かじり行為をとめたい気もちであったのだけれど、あかんぼうはこちらの思惑などはおかまいなしである。「やーめーてー」と懇願すると、ブラックホールにちょぼちょぼとあらわれたスキッ歯(ぱ)をのぞかせながら、かえってよろこんで精を出すというあんばいだった。

 つかまり立ちができるようになるとかじりブームは突然去って、脚の跡だけがのこった。

 かわりに様々なものに手をのばして掴みとっては床に打ちつける、というあらたな戯れがはじまった。ヨコへの移動のみだった世界にタテ軸がくわわったのだから、世界は一気にひらけたことだったろう。

 陶器製のミーシャ人形、クレヨン、ポトスの鉢、めがね。まさか、と思うような場所から物をたぐりよせ、あっけらかんと破壊する。ミーシャは夫がベルリンの蚤の市で探し出し慎重に梱包して持ち帰ってくれたもので、クレヨンはところかまわず描(か)きつけるあかんぼう本人のお気に入り、鉢は産後こもりがちだった時期に育てはじめたちょっとしたわたしの心のささえで、めがねは親たちの命綱。あかんぼうの前ではだれの大事も等しく価値があり、無価値だった。歩けるようになり、走れるようになり、力強さは増してゆく。

 そしておとといはついに、iPhoneの画面がクモの巣みたいにチリチリにひび割れてしまった。一体どういう手口だったのか、散歩の途中でみごとに掏(す)られて画面を下にしてアスファルトへ放られたのだ。機能に問題はなさそうだったけれど、チリチリの画面は、今にもガラスの破片が散らばりそうでこわい。

 修理予約の枠をなんとか抑え、翌々日の今日、かげろうの揺れるアスファルトを踏みしめながら表参道のアップルストアに入る。白いりんごマークが胸元にあしらわれたネイビーのユニフォームの裾をはためかせ、クールな感じの若者担当者がやってきた。「まずは修理の前に、電話帳のデータはiCloudに移しましたか? ハンッ移していない? ではそこからですね? 修理のさいにデータが飛んでしまうことがありますから、iCloud上にデータを移してバックアップをとりましょう。えっ? アカウントをもっていない? ハンッではアカウントをつくりましょう」ことネット関係、スマホ関係のことがらに関してほんとーうにうとくて時代遅れな自覚のあるわたしであるのに、てきぱきと対応してくれる若者よありがとう。いわれるままにバックアップをとってもらえるようお願いしたのだが、つぎの瞬間、彼の黒目がふっと震えて動揺の色が見えた。「電話帳の登録とか、まだ全然してませんでしたか?」

 つまりは彼が電話帳のデータをクラウド上に移そうとして手順に必要なボタンをクリックした瞬間、数百件分の電話帳の中身が一件のこらず消失したということらしかった。

 「いまどきこんなことはありえないはずなんですが……」気の毒な若者は瞳孔をひらいたまま絶句してしまった。けれどこちらは子によるこれまでのたび重なる破壊活動によって鍛えられていたらしい。夫や弟の携帯番号すら記憶があやしいのでたしかに困ったことではあるのかもしれないが、形あるものはいつかなくなる。形がないものはないも同然。

 優先すべきはクモの巣画面の修理である。検査もふくめて三時間ほどかかるので、それ以降の時間にもどってくるように言い渡され、ぶらぶらと表参道をうろつくことになった。

 ぶらぶら。

 ぶらぶら?

 ぶらぶらだって?!

 あかんぼうと暮らしはじめてからこのかた、ぶらぶらするなんてことがあっただろうか。外出すべき用事があれば予定を綿密にすりあわせて夫に子を託し、要件が終わりしだい、一刻一秒をあらそって家にもどった。たまさか娯楽のために家を空けることになれば、申し訳ない気もちにならなければならないのではないかという謎の強迫観念から、やはり目的が果たせしだい、そそくさと帰りの電車に飛び乗った。じっさい外出について夫から直接的なことばで圧迫されたことはないし(当然だけど!)、家を空けることが申し訳ないなんて本心ではぜんぜん思っていないのに。

 ともあれ子のいたずらによって破損した携帯画面の修理が終わるまで時間をつぶさなくてはならないという大義のもとに、目的もなくひとりで外を歩きまわれるという時間が、産後はじめておとずれたのである。

 昂揚したわたしは、表参道という場所の魔力でにわかに買い物欲が爆発し、「あてもなく」店を辿りまくった。

 手はじめに表参道ヒルズの地下に降りて「P」でヴィンテージのTシャツにレースとシルバーの箔をほどこしたギークなトップスを手にとり、それから暑さをもろともせず発光するような少年少女たちを横目に原宿通りから神宮前までぬけて、「O」では繊細な藤で編み込まれたシリシリのバングルを、明治通りを原宿方面へ折り返すと「I」でアイボリーのシルク地にオウムや花がハンドプリントされた羽みたいに軽いティエリーコルソンのブラウスを、そのまま参道までもどってキャットストリートを過ぎたところで路地に入り、「J」では太もものラインがやたらきれいに落ちるゴールデングースのカーゴパンツを、とどめは「H」でツェツェの二十五周年にあわせて二十五セットだけ受注生産に応じるというアスティエとコラボした花器(価格もずばり二十五万円!)を。ときめくものを、かたっぱしから買いに買った! ……頭の中で。

 店員さん達は試着や眺めまわすだけの客にもすべからく寛大で、冷やかしだとわかってからもイヤな顔をしないどころかデザイナーについての愛すべきエピソードやブランドへの個人的な愛着を熱烈に披露してくれた。もしも買い物をするそのときがきたら、一円でも安いオンラインショップを探すのはやめて、かならずやあなたがたのところで買わせてください、と心に誓ってかけぬけた三時間。いま、仮想買いしたものたちの姿それぞれを、ありありと思い浮かべることができる。形はなくとも、自由に取り出し可能なデータもあったみたい。

 はげしい充実感にみたされてアップルストアにもどると、iPhoneはつるりと澄ました顔をして待っていた。子のオデコのようなすべらかさをもつあたらしい携帯電話をたずさえて、今日はゆうゆうと帰宅する次第である。

(7・16海の日)

タイトル:「理由なんてないのだ」
写真/松元絵里子

次回はよしいちひろがお題を出し、高原たまから制作をスタート。

お題は「ライバル」。ぜひお楽しみに。