Lifestyle magazine
for modern family

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DATE 2018.03.10

お題 03:「お気に入り」
(提案者:高原たま)

ワガママだっていいじゃない!子どもに愛を注ぐようにじぶんの人生も愛したい!そんな3人の女たちが紡ぐアートワーク。ひとりがお題を出し、リレーをしながら3人でひとつの作品を仕上げます。3段階のアプローチで作品がどんな風に進んでゆくのか、自由な解釈でご覧ください。

タイトル:「感覚」
写真/松元絵里子

タイトル:「叶わないもの」
絵/よしいちひろ

タイトル:「あのパジャマについて」
文/高原たま

 母親は、風邪をふせぎながら子を快適に眠らせるということにやたら熱心なひとだった。夏はタオルケットをけとばす幼児(おさなご)たちのためにバスタオルのふちにリボンを通して腹掛けをこしらえたし、冬は冬で首から肩を覆うダウン素材のネックウォーマーを装着させて、冷えのつけいる隙を与えまいとした。家電にしろ身につけるものにしろ、ふだんの買い物にはずいぶん慎重な態度をとるのに、さらさらの絹毛布や軽量蓄熱をうたう掛け布団など、見聞きした寝具にはすぐにとびついて新調するのだった。実利一辺倒のそれらのものたちはこちらからするとことさらうれしい存在というわけではなかったけれど、かといって煩わしいとも思わなかったので、されるがままになってお気楽に眠っていた。

 十歳の秋、林間学校をひかえていたわたしに母親があたらしいパジャマを用意した。森の中だからふだんより気温が低いと判断したのかもしれない。そのころ着ていたものよりぶあついネルの前開きのパジャマだった。

 ネイビーの地色に写実的な馬の絵がちりばめられていて親指の先ほどの木製のボタンが四つ並んでいる。ああ、わたしはこういうものが欲しかったのだな、とじぶんの中に存在する強く限定的な物欲とはじめて出遭った気がした。とにかくひと目で気に入った。

 気に入りすぎた結果、いつかネイビーが褪せて生地も毛羽立ちみすぼらしくなる日を想うとかなしくなってしまい、林間学校からもどったあとは袖を通さないでしまっておこうときめた。風呂に入る前にじぶんでパジャマを選ぶことになっていたので、こども部屋に備わった洋服だんすの中から小花柄やチェック模様など、とくに思い入れのないパジャマをじゅんぐりに選んだ。かわりにしばしば引き出しをひっぱっては、うっとりしながら真夜中色に浮かぶ馬を眺め、指のはらでネルの素朴なやわらかさを確かめた。

 「あのパジャマは?」と母親に問われたのは次の秋口のことで、知り合いの子へのおさがりになりそうなわたしの服を整理したいということだった。

 「ちょっと渋すぎたかもね。全然着てなかったから、あれ、あたらしいでしょ? あげてしまっていいよね」

 ひと呼吸おいて「あのパジャマ」というのが「あの」パジャマであると理解できて、呆然とする十一歳のわたしである。彼女は、わたしがあの馬のパジャマを好まなかったために出番がなかったのだと思い違いをしていたのだ。そして人手に渡そうとしている。

 一年経つまでなにも言わず、そのくせ「あのパジャマ」なんていう呼び方で話が通じると考えているほどには厚かましく、母親はわたしがまったく着なかったことをいくらか根にもってもいたのだろう。もしかしたら静かに傷ついていたのかもしれない。

 そうではない、と伝えようとしたけれど、なにがどうそうではないのか十一歳のじぶんには説明のしかたがわからなかったし、母をなぐさめるために言い訳をしているように受けとられると、ほんとうに彼女を傷つけるような気がして黙ってしまった。

 沈黙をイエスだと解釈した母親は、ほかのブラウスやスカートやなんかといっしょに引き出しからさっさと馬のパジャマを抜いて紙袋につめていった。

 しばらくのちに母の友人がこどもを連れて遊びにきて、ふたつみっつ年下の女の子は、みおぼえのあるワンピースを身につけていた。けれど泊まりに行き合うほどの間柄ではなかったらしい。その子がパジャマを着ているところを見ることはなかったので、あのパジャマは、引き出しのどこかにしまわれたままわが家にあるのだと思いながら過ごすことをゆるされたのだった。

 そして今である。こどもは薬局で手の甲に描いてもらったアンパンマンとバイキンマンをわたしの顔の前につき出して、「ミテーミテー」と連呼する。家の中では四六時中、おまもりがわりのタオルをズルズルひきずって歩いている。出かけようとするたび、親のぼうしをひったくって、頑として返さない。これが気に入りであるという感情がほとばしりすぎているものだから、いつかひそかにお気に入りを愛でる日がくるかもしれないだなんて、とうてい想像できない。

 ごく小さかったころのわたしもおそらく、なにかへ向かう爆発的な好意を、母に全力で伝えようとしていたことだろう。目に見えるものをそのまま信じていたあのときの母親のうかつさを、今なら笑うことができる。幸福な記憶と地続きゆえの誤解だったのだろうとわかるから。

(7・7)

次回は松元絵里子がお題を出し、よしいちひろから制作をスタート。

お題は「いたずら」。ぜひお楽しみに。