問題発言?
こういう仕事に身を置きながら、
こういう発言はリスキーであると認識しているけれど、
そもそも、「著作権」とは人類に取って本当に
必要なのだろうか?とここ数年、思っている。
いや、必要なのだろう、現状の社会では。
その構成単位である会社組織に帰属しながら
それを前提に、各種ルール(というか法律?)を
極めて従順に遵守しているし、その理解に深めようと努力している。
でも、ときどき、やっぱり、自分の中にもともとある
違和感がむくむくと立ち上がってくる。
『GIGAZINE 未来への暴言』を読んでいて、
著者であり、Gigazineを主宰する山崎恵人氏が
「『著作権ビジネスの崩壊』はもう始まっていますし、
避けることはできないはずです」と、力強く断言している箇所を読んで
またしても、やっぱりそうなるのかぁと思う次第。
そもそも、著作権は侵害されなければ、
著作者やその関係者、関係のある営利団体に実害は生じない。
著作権法はそれを、牽制、警告する意味合いが大きい。
編集者のみなさんなら、よくご存知だと思いますけど、
いろんな企業が入れるべしと念押ししてくる、
あの忌まわしき(いや、煩わしきかな)、通称マルシーマーク。
あれも、入れなかったら法に抵触するというものではありません。
まぁ、その後の取材活動に支障がでるなど、
両者の関係性が悪化する可能性はありますが。
著作物による収入が著作者の次の創作活動の原資になる。
もちろん、その原理原則はよく分かるけれど、
個人や特定企業の利益保全よりも、
社会全体の公益を考えたとき、
文化的発展を 阻んでいる側面がある
かもしれないのではという感じがする。
エゴイスティックに権利を主張する社会よりも、
先人の知恵や創作活動を心からリスペクトする
マナーやモラルを育む教育を国が率先して
未来のこどもに施す社会のほうが健全じゃないかな。
そういうポジティブなパワーはいつか
ネガティブな思考、行動を駆逐するはず。
真の意味で、「多様性(いきとしいけるものを含む)の容認」の
考え方が広く隅々までこの地球に浸透したあかつきには、
パクリ、著作権侵害なんてものは根絶される。
というのは、あまりにも楽観的だろうか。
「絶滅に瀕している種を保護する」
「(人間が)他の種の生存を脅かさない」
というふるまいは、ぼくにはどこか
「自分以外の個人を認め合う」、そして
「他人の創作活動を尊重し、そのコピー行為を行わない」
というふるまいと、似ていると思ってしまう。
「多様性の容認」という、根っこを人間が
正しく理解しているという点で。
一度やった企画を、もう一度焼き直すのには抵抗があるし、
ましてや、他誌で既視した企画をリメイクするのはなおのこと。
同業者には共感してもらえるだろう。
でも、“偉大なるマンネリズム”として、
「なんとなく見たことがあるもの」は世の中に蔓延している。
今ひとつ考え方がまとまっていないので
取っ散らかってしまうけど、今の自分には、
自身のブログをコピーフリーと公言している
内田樹氏が、とてつもなくすなすがしく感じられる。
